歯周病が動脈硬化の原因になる!

歯周病が動脈硬化の原因になる!

 疫学的研究から歯周炎は単に口腔内の病変にとどまらず、全身に影響を及ぼす可能性が示唆され、中でも動脈硬化性疾患との関連について数多く報告されてきました。動脈硬化症は動脈壁にコレステロールエステルが沈着するアテローム形成により血管の組織的変と機能低下を生じさせるもので、冠動脈におけるアテローム形成は、心筋への酸素や栄養素の供給を不十分とさせ狭心症を発症させます。さらにアテローム性プラークの破綻による血栓形成は血流遮断により重篤な急性心筋梗塞を起こします。
 これまで、心血管系疾患の他にも脳血管疾患と歯周炎の関連も報告されており、歯周炎と動脈硬化症との関連として研究されてきました。
 冠動脈疾患のリスク因子として、これまで年齢、性別、喫煙、総コレステロール、HDL コレステロール、収縮期血圧,高血圧治療の有無が明らかにされています。近年は高レベルの高感度 CRP(急性期タンパク質)値が冠動脈疾患イベントの予知因子となることが解ってきました。歯周炎患者の末梢血においても高感度 CRP 値が上昇することが同様に報告されており、このことから歯周炎による軽微な炎症応答の亢進が全身に及び、動脈硬化性疾患の促進に作用することが示唆されていました1)。また複数の症例研究で歯周病患者では対象群に比べて2.68倍脳卒中発症に対するリスクが高かったという報告もあります2)
 歯周病とは、歯肉辺縁部の歯周組織の病変群に対し与えられた疾患名で、歯と歯肉の境界に形成される細菌性バイオフィルム(プラーク)が原因となり、歯を支持している歯周組織(歯肉上皮、歯根膜、歯槽骨)が破壊される慢性炎症を主体とする疾患です。初期段階では歯肉の炎症(歯肉炎)から始まり、進行するにつれて骨の吸収が起こり(歯周炎)最終的には歯を失うこともあります。歯肉炎は、歯周組織の破壊のない歯肉に限局した炎症であり、原因を除去すれば完全治癒が可能です。しかし進行すると歯周炎へ移行します。歯周炎は、歯肉上皮付着の破壊・歯槽骨の吸収など歯周組織の破壊を伴う炎症性疾患で、中等度以下の歯周炎では原因除去により治癒可能で、破壊された組織も再生療法によって回復可能な場合もあります。わが国では成人の約 80% が歯周病に罹患しているといわれています3)。口腔内には約300〜400 種類の常在菌が棲息し、このうち歯周病に関与する細菌は約10〜30 種類で、これらの細菌が歯周ポケット内のプラーク1 mg中には108〜109個も存在します。歯周病は特定の単一の菌によって発症するのではなく、Porphyromonas gingivalis や Prevotella intermediaなどの複数の嫌気性菌の混合感染が原因となります4)。歯周ポケットの近くにはリンパ管が伸びておりopen junctionから菌を取り込み、そこから歯茎を経て頸動脈分岐部付近から直接鎖骨上窩の頸静脈に入り込みます。リンパ管には弁があり一方通行のため吸い込まれるように静脈に入り血液と接することになります。歯の治療後数分で血中に菌が現れることが証明されており、日常的な歯磨きでも血中に菌が流入することが証明されています。

 歯周病から動脈硬化へ進展する機序として以下の3つが挙げられます。

  1. 歯周炎局所の歯周病原細菌(またはその産生物)が動脈へ侵入・移行して直接,動脈壁に作用する機序です。実際、人の血管壁(動脈、静脈を問わず)からPCRで各種の歯周病菌が検出されております。しかし、ピロリ菌やクラミジア、サイトメガロウイルスなども検出されており、口腔内菌以外の微生物も動脈硬化に関与している可能性もあります。
  2. 歯周組織で産生されたサイトカイン等の炎症メディエーターが血流を介して動脈へ作用する。または,他臓器でのサイトカイン産生を誘導してそれが間接的に動脈へ作用する機序です。実際に歯周炎罹患患者においては血清中の高感度CRP、IL-6 濃度が上昇しており,歯周治療を実施することによりその値が減少することが報告されています4)。さらに動物実験ではこれらの炎症性サイトカインが口腔内で発生していることが証明されています4)。さらに歯周炎患者で血清中のHDL コレステロールが低下している事は複数の報告があり、LDLコレステロールについても歯周炎患者における上昇と治療後の減少について報告されており、歯周炎が脂質代謝に影響を与えることが示唆されています4)
  3. 歯周病原細菌に対して生じた免疫応答が血管内皮細胞における分子相同性の高い自己分子に反応する機序です。末梢動脈硬化症であるバージャー病患者の歯周病菌に対する抗体価を調べた結果、有意に高いことを証明されています。バージャー病患者には歯周病の重症者が有意に多いという結果と関連があり、またその抗体価は変動し、歯周病の重症度と相関していることも報告されています4)

 動脈硬化病変の病理学的な観察で、血管壁における主な出現細胞はマクロファージであることから、動脈硬化は現在、慢性炎症であるという認識が一般的になりました。さらに、他の慢性炎症性疾患である肝硬変、関節リウマチなどとの類似性を指摘する向きもあります。この慢性炎症の原因を追究する過程で口腔内細菌が注目を集めるようになりました。
 さて、人体が外部環境と接している消化管、皮膚、口腔などには、特徴的な微生物群が常在しています。その常在菌の数たるや数百兆個とされ、人体の細胞数37兆個に比べ、1桁多いとされています5)。人の体の常在菌叢として、口腔内も腸内も多くの菌がいることに変わりはありません。しかし口腔内は歯垢となったり,歯周ポケットに入り込んだり、上咽頭や扁桃にへばりついたり、菌が動かないで増殖している可能性が高いです。そこから血管内に侵入するのは容易であるのに対し、腸内細菌は潰瘍がない限り、腸内面のバリヤーに守られ簡単には門脈に入り込めず、もし門脈に入り込んでも巨大臓器である肝臓で処理されてしまうと考えられます。この大きな違いが、血管に出現するのは口腔内の細菌ばかりで腸内細菌は見つからないという理由です。
 歯肉炎の所見を含め何らかの所見を認める(歯周病の所見をもつ)人は40歳代以降で80%近くになるといわれています。近年、歯周病はそれ自体が全身疾患を引き起こすだけではなく、腸内細菌叢も変化させ、肥満、糖尿病、肝疾患などと関連していることも報告されており、この普通にみられる歯周病をコントロールすることが動脈硬化を含めた慢性炎症性疾患をコントロールする鍵となると思われます6)

令和5年12月6日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

1)多部田 康一:歯周炎と動脈硬化性疾患の関連メカニズムについて―Porphyromonas gingivalis の脂質代謝変動への作用― . 日歯周誌 2012 ; 54 ; 245 – 251 .
2)猪原 匡史:脳卒中と口腔細菌 . 日内会誌 2023 ; 112 ; 1027 – 1033 .
3)廣畑 直子ら:歯周病と全身疾患 . 日大医誌 2014 ; 73 ; 211 – 218 .
4)岩井 武尚ら:口腔内弱毒菌と血管病変とのかかわりについて . 脈管学 2008 ; 48 ; 185 – 191 .
5)星賀 正明:炎症と循環器病のフロンティア―特に最近の動脈硬化とマイクロバイオータ研究に関して . 日サ会誌 2021 ; 41 ; 45 – 48 .
6)山崎 和久:歯周病と全身疾患の関連 口腔細菌による腸内細菌叢への影響 . 化学と生物 2016 ; 54 ; 633 – 639 .