増加しつつあるコリネバクテリウム気道感染症

増加しつつあるコリネバクテリウム気道感染症

 コリネバクテリウム(Corynebacterium)属菌は80数菌種も分類されています。ジフテリア菌(C.diphtheriae)やアルサレンス菌(C. ulcerans)のように毒素を産生し人に強い感染症をおこすものから、C.glutamicumのようにアミノ酸発酵に利用される菌まで幅広い菌種があります。また人間の皮膚の常在菌としても多くの菌種が知られています。近年、医療技術と医薬品の発達により、これまで救命しえなかった疾患や外傷が救命または延命が可能となりました。その結果、免疫能が極度に低下した患者が増加し、ヒトの正常常在細菌叢を構成するさまざまな非病原性の弱毒菌種が日和見感染菌として扱われるようになりました。このような背景から従来常在菌として考えられてきたコリネバクテリウム菌も起炎菌となりうることが報告され多数の菌種に分類されました。本菌は菌体自体が真っ直ぐ、またはわずかに湾曲した先端成長型のグラム陽性桿菌で、しばしば菌体の両端または片端が膨れた棍棒状の形態を示します1)

ジフテリア
 中毒性感染症であるジフテリア症の原因菌種ですが、毒素非産生株ではその病原性は低いです。毒素産生株は、飛沫感染によって上気道に感染します。粘膜表面で増殖すると毒素を産生し,その付近の組織壊死を起こして病巣を形成します。ジフテリア毒素は、約58kDaのタンパク質で、強い細胞毒性があります。作用機序は細胞のタンパク質合成能の阻害で、多種の動物細胞、組織に傷害を与えます。ジフテリア毒素に対する抗体には発症を予防する効果があるため、ジフテリア毒素を不活化したもの(トキソイド)がジフテリアのワクチンとして使用されています。このワクチンのおかげでここ数年、日本での発生はありませんが東南アジアでは散発的に発生しています2)

C. ulcerans
 通常C. ulceransは毒素を産生しない場合が多く、この場合感染性は弱いと考えられていますが、毒素産生菌ではジフテリア様の臨床像をきたす人獣共通感染症の起炎菌です。欧米ではウシやヒツジとの接触、または生の乳製品などを摂取することによって感染することが知られていましたが、本邦ではネコ、イヌを飼育している症例報告が主です。ジフテリア症状以外にもリンパ節炎、ジフテリア毒素によるアレルギー性肺炎を疑う症例が報告されています。
近年欧米諸国で注目され、日本においてもその増加傾向が問題となりつつあります。

咽頭後壁に厚い白苔が認められます(文献3)より転載)

 本菌による上気道感染症の場合、咽頭後壁に偽膜のような厚い白苔を伴うことがあり、この中にC. ulceransが増殖しています。ここを細菌培養すると菌が検出されます。しかし、この偽膜は非常に出血しやすく注意が必要です。また、病変が喉頭に及ぶと呼吸困難感が出現し重症化するので早期の診断・治療が必要です3)
 本菌による肺炎もここ数年増加しているとされ2017年には本邦初の死亡例が報告されました4)。重篤で急性の経過で死亡しています。トキシン産生菌は全身に様々な影響をもたらして病変を複雑化させる可能性があります。ペットの猫より本菌が検出されています。本菌に対する抗菌薬治療は、マクロライド系薬及びペニシリン系薬が第一選択薬です。呼吸器ジフテリア(C. ulcerans感染症も含む)では,細菌検査の結果を待たずに抗毒素治療併用も考慮します(ウマ血清由来のため、アナフィラキシー等のリスクがあり、使用前には十分な過敏性のチェックが必要で、リスクベネフィットをよく検討して投与します3)
 予防に関しては、①感冒様症状(鼻水・くしゃみ等)や皮膚炎の動物と接触した後は手と衣類の消毒を徹底すること、②50歳以上の人はジフテリア抗体の抗体価が極めて低下している可能性があり、特に動物を飼育している場合はワクチン追加接種を検討することも重要です。まだ日本における動物疫学調査は十分ではありませんが、大阪で583匹のイヌのうち7.5%がC. ulcerans菌のキャリアであったという報告があります5)

その他のCorynebacterium
 従来、常在菌と考えられ、菌が検出されてもコンタミネーションとして問題視されなかったその他のコリネバクテリウムも近年、肺炎の起炎菌として認識されてきました。
Corynebacterium durum 6)、Corynebacterium propinquum7)、Corynebacterium pseudodiphtheriticum8)、Corynebacterium striatumなどによる肺炎例が報告されています。これらの菌種の特徴として抗生剤の感受性があまり良くないのが問題で、さらに各菌種により感受性が異なっています。さて、これらの菌種は我々の皮膚や口腔内に常在する菌で、痰などから培養されても必ずしも肺炎の起炎菌とは判定できません。実際、どれぐらいの頻度で肺炎の起炎菌となるのでしょうか?
 近年、PCR法を用いた網羅的細菌叢解析法が研究目的で使用できるようになりました。本法は、細菌のみが保有する16S ribosomal RNA(ribonucleic acid)遺伝子をPCRで網羅的に増幅し、PCR産物のクローンライブラリーを作成した後に無作為に選択したクローンの塩基配列を評価することで、その検体中の優占菌種を把握する手法で、これまで肺炎で原因不明であった症例でも原因菌の推定が可能となりました。特に気管支鏡検体を用いた検体ではコンタミネーションではなく、真の起炎菌と考えることが出来ます。

 誤嚥リスクの有無による肺炎症例の気管支肺胞洗浄液を用いた細菌叢解析の第一優占菌種の比較(文献10より転載)

 迎らの検討ではコリネバクテリアは誤嚥リスクあり群の人に多く検出され、医療・介護関連肺炎患者の6.0%に検出されています。口腔内のコリネバクテリウムが誤嚥され肺内に到達して肺炎をおこしたものと思われます。  
 コリネバクテリウム菌は今でも東南アジアで散発的に発生しているジフテリア、動物共通感染症である比較的重篤なアルサレン菌、弱毒菌ではありますが人に誤嚥性肺炎をおこすその他の菌種など幅広い特徴を示し、その動向が注目されます。

令和5年11月15日    
菊池中央病院 中川 義久

参考文献
1 ) 大塚 喜人:医学細菌学上重要なCorynebacterium属菌の検査法 . 日本臨床微生物学雑誌 2012 ; 22 ; 207 – 213 .
2 ) 岩城 正昭:コリネバクテリウム・ウルセランス感染症 . モダンメディア 2020 ; 66 ; 191 – 195.
3 ) 豊嶋 弘一ら:Corynebacterium ulceransによる偽膜形成咽頭炎 . 日内会誌 2020 ; 109 ; 273 – 281 .
4 ) Otsuji ken et al : The first fatal case of Corynebacterium ulcerans infection in Japan JMM case report . 2017 ; 4; 1 – 5 .
5 ) Katsukawa C, et al : Prevalence of Corynebacterium ulcerans in dogs in Osaka, Japan. J Med Microbiol 2012 ; 61 ; 266 – 273 .
6 ) Corynebacterium durum が起炎菌として疑われた肺炎の1症例 . 日本臨床微生物学会  2007 ; 17 ; 1 – 7 .
7 ) 古本 朗嗣ら:Corynebacterium propinquumによる市中肺炎の1例 . 感染症誌 2003 ; 77 ; 456 – 460 .
8 ) 森永 芳智ら:Corynebacterium pseudodiphtheriticum による呼吸器感染症の 2 例 . 感染症誌 2010 ; 84 ; 65 – 68 .
9 ) 岡野 弘ら:Corynebacterium striatumによる敗血症をきたした2例 . 日集中医誌 2019 ; 26 : 401 – 404 .
10 ) 迎 寛:市中肺炎の診断と治療 . 日内会誌 2021 ; 110 ; 562 – 569 .