成人に対するRSウイルス
ワクチンが承認されました

成人に対するRSウイルスワクチンが承認されました

 60歳以上を対象としたRSウイルスワクチン「アレックスビー筋注用」の製造販売承認が認められました。国内初のRSウイルスによる感染症を予防する60歳以上の成人向けワクチンが誕生したのです。
RSウイルス感染症は、秋から冬にかけて流行する鼻汁等の上気道炎症を初発とする風邪症候群にはじまり、時に重症化し、乳幼児の気管支炎、細気管支炎や肺炎の大きな原因を占めています。特に低出生体重児や、心臓や呼吸器系の基礎疾患、免疫不全が存在する場合の重症化が問題となります。RSウイルスは気道上皮に親和性が高く、当初から気道上皮に感染して増殖し,細胞を破壊し、粘膜上皮細胞間にはリンパ球の集簇が認められます。粘膜下組織は浮腫状となり、粘液分泌は亢進します。これらにより細気管支は閉塞し、それより末端の気道の無気肺、あるいは肺気腫をひき起こします1)。     
 RSウイルスは親からの移行抗体の存在に関係なく、0~1 歳で約 70%が、2 歳くらいまでにはほぼ100%が初感染します。以降、生涯を通じて再感染を繰り返し,風邪症候群の原因ウイルスのひとつとなります。高齢者においてはインフルエンザ様感冒の原因となり、COPD憎悪や呼吸機能低下には注意が必要となります。しかし、RSウイルスの最大の脅威は3 ヵ月以下の乳児、未熟児(慢性肺疾患の合併)、先天性心疾患の小児で、後 2者には保健診療上も冬季流行期の予防治療(Palivizumab,商品名シナジス)が認められています。
 RSウイルスの成人に対するリスクは、本邦ではその検討はほとんどなされていませんが、欧米の検討では高齢nursing homeでは年間5~10%がRSVに罹患し、うち10~20%が肺炎合併し、2~5%が死亡しており、全米の65歳 以上では毎年RSVにより約1万人が死亡しているという報告もあります(同年代A型インフルエンザでは毎年3万7千人前後死亡)3)。RSウイルス感染症における呼吸不全への進展はその病態がよくわかっていませんが、サイトカインストームもその一因と推定されており、マクロライドの有効性を報告するものもありますが4)、直接的な治療法はありません5)
 また、糖尿病、冠動脈疾患などでもRSウイルスの重症化があるという事が報告されています。

文献6)より引用

 表は18歳以上で、ある地域に居住するもので基礎疾患のないものと各種基礎疾患のある人のRSウイルス感染による入院する比率を示したものです。
 下の表はRSウイルス感染症およびインフルエンザで入院した患者さんの臨床経過を示したものです。

文献6)より引用

 肺炎はRSウイルス感染症では47.4%、インフルエンザでは25.8%でした。全体的にインフルエンザよりRSウイルス感染症の方が合併症が多く、予後が悪いのが解ります。
 そこで今回登場したのがアレックスビーです。
 RSウイルス感染による下気道疾患に対するアレックスビーの有効性は、82.58%[96.95%信頼区間:57.89,94.08%]で、有効性が証明されました。

文献6)より引用

(最初のRSウイルスシーズン終了時の解析。追跡期間の中央値は6.7ヵ月)

 ワクチンの安全性調査を行った結果、すべての有害事象はアレックスビー群71.9%、プラセボ27.9%に認めら れました。その内訳は、注射部位疼痛〔アレックスビー群60.9%、プラセボ9.3%〕、注射部位紅斑〔7.5%、0.8%〕および注射部位腫脹〔5.5%)、0.6%〕でした。
全身性有害事象はアレックスビー群49.4%、プラセボ群23.2%に認められ、その内訳は、発熱(≧38℃)〔アレックスビー群2.0%、プラセボ0.3%〕、頭痛〔27.2%)、12.6%〕、疲労〔33.6%)、16.1%〕、筋肉痛〔28.9%)、8.2%〕、関節痛〔18.1%)、6.4%)〕でした6)。大きな問題となるような副作用はありませんでした。
 アレックスビーは筋注のみで皮下注ではありません。値段もまだ未定です。現在のところ一生に1回の接種の予定です。
 現在、RSウイルスはただの軽症風邪ウイルスの原因としか考えられていない傾向にありますが、このワクチンの登場で少し考え直すきっかけになるかもしれません。なお、RSウイルス感染症の診断に迅速抗原検査があり、感度82.5%、特異度91.3%7)と優れた検査キットですが、小児のデータなので成人の感度は低下するでしょう。但し、検査の保険適応となるのは、①入院中の患者②1歳未満の乳児③パリビズマブ製剤の適応となる患者8)(早産児、慢性肺疾患を持つ児、先天性心疾患を持つ児、免疫不全を持つ子ども、21-trisomy(ダウン症候群))のみです。したがって成人のRSウイルス感染症を診断することは不可能で、成人のRSウイルス感染症の臨床研究が少ない一因と思われます。

令和5年11月2日
菊池中央病院  中川 義久

参考文献

1)堤 裕幸:RS ウイルス(respiratory syncytial virus). ウイルス 2005 ; 55 ; 77 – 84 .
2)勝沼 俊雄:RS(respiratory syncytial)ウィルス感染症 . 耳展 2008 ;  51 ; 314 – 316 .
3)河合 直樹ら:PCRによる高齢者を含めたRSウイルス検 出例の検討―新い迅速診断 キットの試用経験 を含 め て―感染症誌 2008 ; 82 ; 1 – 5 .
4)横田 伸一ら:RSウイルス感染症に対するマクロライドの可能性 . J J  ANTIBIOTICS 2014 ;  67 ; 147 – 155
5)堤 裕幸:RSウイルス感染症 . 感染症誌 2005 ; 79 ; 857 – 867 .
6)アレックスビーGSK https://gskpro.com/ja-jp/products-info/arexvy/
7)細川 直登:日常診療で活用可能な感染症の迅速検査 . 日本医師会雑誌 感染症診療update 2014 ; 143 ; s38 – s51 .
8)RSウイルス抗原定性 https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/index.cgi?c=speed_search-2&pk=1239