慢性に経過するライム病とは

慢性に経過するライム病とは

 体調不良で休養している「EXILE」のATSUSHIさんが9月27日、「ライム病」に罹っていることを明かしました。ATSUSHIさんは3月の会食後に不調を感じ、一酸化炭素中毒の疑いからくる体調不良で休養中でした。配信では後遺症として、めまい、吐き気、頭痛に悩まされ、メニエール病も誘発していたことを語っています。
 ライム病はスピロヘータである Borrelia を原因とする感染症であり、野山に生息するダニが媒介する人獣共通感染症です。1976 年にコネチカット州ライムに多発した若年性関節リウマチ様の疾患として報告されました。ライム病は 21 世紀になった現在でも、米国では年間約 3 万人が罹患し、また欧州では年間 8.5 万人の患者発生が推定されており、欧米では最も社会的関心が高い節足動物媒介性感染症となっています(CDC, 2018; ECDC, 2011)。

文献1)より転載

 米国におけるライム病の発生年次推移です。年々増加しているのが解ります。この増加の原因として診断精度が改善したことと自然破壊による生活圏へのダニの侵入も考えられています。

文献1)より転載

 ほとんど東岸の北部に分布していることが解ります。媒介するダニの生息分布によるものと思われます。
 我が国においてライム病は、1986 年に Kawabata らによってはじめて報告されました(Kawabata et al.1987)。1999 年の感染症法施行以来、年間 10 例前後の国内感染例がありますが、欧米と比較して稀な感染症です2)。日本では特に北海道からの報告が多く、本州では中部山岳地帯に多いとされています、しかし、実際には東北、関東、関西、中国、九州からも報告例はあり、全国に分布しているものと思われます。病原体保有ダニに刺されても必ず感染が成立するわけではなく、感染成立は8.0 % という報告もあります3)
 臨床像は第 I 期(局在期)、第 II 期(播種期)、そして第 III 期(晩期,持続感染)と進行していきます。第 I 期に見られることが多い遊走性紅斑は長径 20cm 程度の楕円形を呈することが多く、中心部が正常皮膚で、周囲が紅斑になった矢の的のような形状が特徴的であると言われています。ライム病で唯一特徴的な症状で、アメリカ CDC ではこの特徴的な紅斑を認め、マダニ流行地域での活動歴があればライム病の確定診断としています。

文献1)より転載

 本感染症で、発症 6 カ月を越えるとときに「慢性ライム病」、「ライム後症候群」と称されることもあります。この場合、線維筋痛症と鑑別が困難な疼痛と全身倦怠感が特徴的な臨床症状であり、集中力の低下や不眠、感覚障害といった多彩な症状も呈します。ライム病は極めて多様な病態を示す全身性感染症なのです4)。ライム病は神経の症状を呈することが多く、髄膜炎、脳炎、神経根炎などが報告されており、特に顔面神経麻痺はライム病によく見られる所見であり、ライム病全体で約2割に認められ、中枢神経に病変を伴うライム病の半数以上に認められると言われています。しばしば両側性の顔面神経を呈します5)。遊走性紅斑を認めずに顔面神経麻痺で発症した例も報告されており、この場合、ヘルペスウイルスが原因と誤診され、抗ウイルス剤に加え大量ステロイド投与を行った場合、ライム病の慢性化をきたす原因ともなりかねず注意が必要です。ライム病はこのように感染症らしからぬ多彩な神経症状を呈しますが、その原因としてボレリアスピロヘータの直接的な神経障害か、もしくは抗原抗体反応による神経障害が推定されていますが詳細は不明です6)
 日本国内ではシュルツェマダニがライム病を媒介するため、シュルツェマダニの生息地域への侵入歴を問診で確認することが重要です。シュルツェマダニは,北海道では平地に、本州や九州では山岳地帯に棲息し、病原性ボレリアの保有率は 4.5~21.3% とされています3)。本邦におけるライム病の特徴は、北米例に比べて全身に拡大し進行していく重症例が少なく、遊走性紅斑などの皮膚症状にとどまる症例が大部分を占めることです。最近遺伝子型の解析から、欧州での分離株は病原性の弱いものが多く、北米には病原性の強い株のみが存在することが明らかにされました。地域による臨床症状の違いはこれらの亜種の地理的分布によると考えられています。軽症とはいえ本邦でライム病症例が毎年発生しており、弱毒株の強毒株への変異や強毒株が輸入される可能性もあるため注意が必要です。
 ライム病においては,慢性関節炎,進行性脳脊髄炎などの晩期症状発現を防止するためにも適切な治療が必要です。早期限局期には殺ボレリア作用が強力なペニシリン系のAmoxicillin や、消化管からの吸収と神経系への移行が良好なテトラサイクリン系のDoxycycline を投与し、これらの薬剤が禁忌の症例では第3 世代セフェム系の Cefuroxime axetil を使用することが推奨されています。これまで薬剤耐性の報告はありません3)
 遊走性紅斑は、ボレリア感染症であるLyme病の初期病変として特徴的な環状紅斑ですが、この遊走性紅斑と鑑別が困難な環状紅斑が,ボレリア感染症を伴わずマダニ刺咬によってのみ認められることが知られており、southern tick-associated rash illness(STARI)と呼ばれています。

STARI の環状紅斑 文献7)より転載

 Lyme病では、皮疹以外に、発熱、倦怠感、頭痛、関節痛ならびに筋肉痛等を伴うこともありますが、STARIでは、これらの症状がやや軽度であることが特徴とされています7)。STARIの原因はライム病とは別の病原体なのか、またはダニの唾液成分に対するアレルギーなのかはまだ分かっていませんが、Lyme病に準じた治療推奨されています7)
 ライム病は環状紅斑が認められる初期に診断し、治療しないと慢性期になり、そうなると線維筋痛症のような多愁訴となり、より診断が難しくなります8)。また、感染より3か月以上を経過すると長期間の抗生剤投与は無効になるという研究もあり9)、患者さんへの不利益は大きなものとなります。ライム病は早期に診断して適切な治療をすることが重要です。
 ライム病の血清診断は国立感染症研究所・細菌第一部で検査が可能とのことです。

菊池中央病院  中川 義久
令和5年10月18日

参考文献

1)JD. Radolf et al : Lyme Disease in Humans . Curr. Issues Mol. Biol 2021 ; 42 ; 333 – 384 .
DOI: https://doi.org/10.21775/cimb.042.333
2)佐藤(大久保)梢ら:ダニ媒介性感染症―国内に常在する感染症を主に̶Med. Entomol. Zool 2019 ; 70 ; 3 -14 .
3)川端 寛樹ら:ボレリア感染症(ライム病をおもに) . Neuroinfection  2020 ;  25 ; 118-124 .
4)田尻 博敬ら:ライム病による急性肝炎の 1 例 . 肝臓 2010 ; 51 ; 425 – 430 .
5)江口 克紀ら:遊走性紅斑の出現なく発症した神経ボレリア症の1例 . 臨床神経2018 ; 58 ; 124 – 126 .
6) 高下 純平ら:視神経乳頭炎を呈した神経ボレリア症の1例 . 臨床神経 2015 ; 55 ;248 – 253 .
7)福島 一彰ら:一目瞭然!目で診る症例」問題編 . 日内会誌 2020 ; 109 ; 2573 – 2575 .109:2573~2575,2020〕
8)岩田 健太郎ら:感染症内科外来で診断に 1 年以上を要したライム病の 1 例 . 感染症誌 2013 ; 87 ; 44 – 48 .
9)Klempner MS,  et al.:Two controlled trials of antibiotic treatment in patients with persistent symptoms and a history of Lyme disease. N. Engl. J. Med.  2001;345:85 – 92 .