日常的な土いじりは破傷風のリスクファクター

日常的な土いじりは破傷風のリスクファクター

 破傷風は土壌に存在する破傷風菌の侵入により引き起こされる感染症です。破傷風菌の産生する神経毒素により運動ニューロンの抑制シグナル伝達が阻害され、全身の筋緊張亢進をきたし、重篤化すると自律神経障害を引き起こす疾患です。破傷風症例のうち約 80%は人工呼吸管理を要するとされ、創処置、抗菌薬投与、鎮静管理など全身管理が必要となり、死亡率は 7~14%とされます。先進諸国においては高齢患者や薬物中毒患者にまれに見られる疾患で、米国では年間 30 症例前後、英国では 10 例前後であるのに対し、日本では年間 100 症例前後と多いことが知られています。2010 年から 2016 年の間に 499 例が報告されており、高齢者の予防接種が普及していないことが原因と推測されています1)
 臨床症状は3~21 日の潜伏期間を経て嚥下障害や開口障害などの局所症状で発症します。耳鼻咽喉科などを受診することが多く、顎関節症や蜂窩織炎などと診断され、発症初期に診断することは極めて難しいとされています。吉村ら1)は破傷風の初期症状である開口障害や嚥下障害の発症から破傷風診断に至るまでの期間は3日間から10日間を要しており、受診日から診断できた平均日数は 7.6 日であったと報抗告しています。また、梅本ら2)は初診医が破傷風と疑えたのは 11 例のうち 4 例のみであり、開口障害や頸部の筋緊張亢進など典型的な症状を呈していても外傷が軽微、またはない場合には見逃される傾向にあったと報告しています。破傷風菌は傷口から体内に侵入するときは芽胞の状態ですが、生体内で発芽、増殖して破傷風毒素(テタノスパン)を産生します。テタノスパンは神経毒素で血流によって身体各部の筋肉組織に運ばれ運動神経終板から取り込まれて運動神経を逆行性に脊髄に運ばれ、中枢神経の細胞に蓄積することにより筋痙攣が生じます。咬筋は運動終板から脳運動神経核への距離が最も短いため、初期に咬筋の強直性痙攣、つまり開口障害が起こると言われています3)。テタノスパンが交感神経節後神経に侵入すると血中のカテコールアミンが増加し自律神経が過緊張の状態になり、不安定な循環動態や突然の心停止を起こすことがあると言われています3)。破傷風の症状は第1期から第4期まで分類され、特に第 3 期は全身症状の出現により生命が最も危険な時期であり、第 1 期症状が発症してから第 3期症状が発症するまでの時間である onset time が 48時間以内である場合には予後が不良であるとされています2)。このことから破傷風は早期診断と早期治療が重要です。

 破傷風の診断に特別なものはありません。症状からのみ診断されます。鑑別には症状の進行の速さと症状出現前の外傷歴の有無が重要です。一般的に破傷風による嚥下障害や開口障害は他の原因のものと比較して突然発症し急激に進行し、症状出現前に外傷歴があることも多いため、問診時にこれらのことを意識することが重要です。高齢者の急速に出現した嚥下障害や開口障害を診察した場合には、必ず破傷風の可能性を想起して外傷歴や生活歴を再確認し、迅速に対応する必要があります2)。しかし破傷風を発症した人のうち、外傷が同定されない例が 9~20%を占めるとされ診断の難しさを物語っています。しかし、破傷風により ICU 入室を要した 70 症例の後ろ向き研究 では、園芸時に受傷した傷がきっかけとなった割合が半数近くを占めており、「土いじり」という生活歴の暴露リスクの高さを示した報告があります。特に日常的な「土いじり」の生活歴は破傷風感染の危険性が高いため、外傷だけではなく「土いじり」も病歴聴取に組み込むことが重要です2)
 治療は抗破傷風ヒト免疫グロブリン、破傷風トキソイド、抗菌薬投与が行われますが破傷風毒素は運動ニューロンに不可逆的に結合するため、一度結合した毒素に対しては抗破傷風ヒト免疫グロブリンも抗菌薬も効果を示しません。早期に診断し治療介入を行うこと、創部の感染コントロールと適切な破傷風トキソイド、抗破傷風ヒト免疫グロブリンの投与をすることが重要です。抗生剤は本邦では主にペニシリンG 静注が用いられてきましたが、欧米では以前からメトロニダゾール( MNZ )静注(500mg×3~4/日,7~10 日間)が一般的であり、WHO も MNZ の使用を推奨しています4)。MNZ が好まれる理由に、PCG で治療したよりも死亡率が有意に低く、鎮静剤と筋弛緩剤の使用量が少なかったという報告があります。テタノスパンは中枢神経の神経終末に結合して,GABAの放出を抑制し、運動神経細胞の興奮性が高まり筋攣縮が誘発されます。ペニシリンGはGABA 受容体 antagonist でテタノスパンの 働きを強める可能性があります4)。また筋攣縮に対して筋弛緩薬や鎮静薬が必要になりますが、筋弛緩薬の副作用には筋萎縮や喀痰排出が困難になるなどの問題があり可能なかぎり投与量を最小限にする必要があります。そこで近年、硫酸マグネシウム5)や芍薬甘草湯6)を併用して良好な結果であった報告が散見されます。
 予防は破傷風トキソイドワクチンのみです。1968年以前に生まれた人(現在53歳)はワクチン接種の既往がなく、免疫を有してないので要注意です。また最終接種より10年以上を経過すると効果が消失するので注意が必要です7)
 破傷風は感染症としては頻繁にある疾患ではありませんが、一旦発症すると現在でも死亡率が10%に達する重篤な疾患です。外傷歴の有無が診断のきっかけとなりますが、20%に外傷歴がないとも言われております。高齢者の急に出現した開口障害、嚥下障害を見たときは日常的な土いじりの生活歴を聴取することが診断のきっかけになるかもしれません。

令和5年5月11日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

  1. 吉村 淳ら:破傷風の 8 症例―喉頭ファイバー所見と破傷風抗体価を中心に―日耳鼻感染症エアロゾル会誌2020 ; 83 ; 263 – 267 .
  2. 梅本 大地ら:当院における破傷風 11 例の臨床的検討 . 臨床神経学 2021 ; 61 ; 537 – 542 .
  3. 中原 和美ら:開口障害を主訴に受診した破傷風の1例 . 日口外傷誌 2022 ; 21 ; 14 – 18 .
  4. 進藤 達哉ら:メトロニダゾール点滴静注による治療が奏功した破傷風の 1 例 . 感染症誌 2017 ; 91 ; 576 – 579 .
  5. 山村 亮太ら:硫酸マグネシウムの低用量併用によりベクロニウムの用量低減が示唆された破傷風の 1例 . 日臨救急医会誌 2020;23:806 – 811 .
  6. 下野 謙慎ら:芍薬甘草湯を投与し良好な臨床経過を辿った破傷風の3例 . 日集中医誌 2017 ; 24 : 121 – 125 .
  7. 海外渡航者のためのワクチンガイドライン / ガイダンス2019 日本渡航医学会 2019年 協和企画 pp 88 – 93 .