さまざまな病気を起こすEBウイルス

さまざまな病気を起こすEBウイルス

 この3年間にコロナ感染症対策として飛沫・接触感染対策を行ってきた結果、その他のウイルス感染症も激減し、これからコロナ感染対策が緩和されるに従い、多くの感染症が出現する可能性があります。多くの感染症は免疫がまだ成熟していない幼少児期に感染し、軽症で済んで抵抗力を身に着けていくものですが、成人になって初感染すると重症化することがあります。そういう感染症で心配なのがヘルペスウイルス群です。
 ヘルペスウイルスは 2本鎖 DNA をゲノムとする大型の動物ウイルスで、現在までにさまざまな動物から 150 種以上のウイルスが分離されています。哺乳類はもちろん、鳥類、両生類、爬虫類、魚類などから多種類のヘルペスウイルスが発見されており、精査すればすべての脊椎動物に種固有のヘルペスウイルスが存在するのではないかと推定されています。ヒトを固有の宿主とするヘルペスウイルスには下記に示す8 種類が知られています。

文献2)より転載

 ヘルペスウイルスは,大型のDNAウイルスで、その共 通の性質として1)初感染時に急性疾患を生じた後に潜伏感染化し、加齢、臓器移植、AID等により免疫能が抑制された時 に再活性化し、何らかの疾患を生じる2)80から200の遺伝子をもつが、ウイルスの増殖 に必要な遺伝子はその半分以下で、それ以外の遺伝子は自分自身の生存を有利にするために、潜伏感染、発癌、宿主の免疫能の抑制など、宿主との相互作用および宿主細胞機能の修 飾に必要であるとされています3)。ヘルペスウイルスは遺伝子の大きさだけを見ても判る通り互いにかなり異なった遺伝子構造を持ちます。また、このウイルスは、主としてその進化 の系統樹に従って、α、β、γの3亜科に分類され、亜科ごとに共通した生物学的性質を持 ちます。今回とりあげるEBウイルスはγに属しHHV-8とともに癌原性を有しています。
 EBウイルスが起こす病気として以下の疾患があります。

文献4)より転載

 EBウイルス(エプスタイン・バーウイルス:Epstein-Barr virus)とは唾液を介して咽頭粘膜上皮細胞に感染し増殖します。産生されたウイルスが B 細胞の CD21 をレセプターとして B 細胞に感染し不死化させます。B 細胞以外にも T 細胞、NK 細胞、平滑筋細胞や内皮細胞にも感染することが知られていますが、どのような経路で感染するかについては不明です。日本では成人の90%が感染しています。  伝染性単核球症はEB ウイルスの初感染によって発症します。EB ウイルス以外でも同様の症状をきたすことがあり、起因ウイルスとしては、サイトメガロ、風疹,アデノ、コクサッキー、A 型,B 型肝炎、HHV―6 や HHV―7 によるものも報告されています。主な症状は発熱、頸部リンパ節腫脹、咽頭痛でいずれも 90% 以上で認められます。眼瞼浮腫は比較的特徴的症状と考えられており、44% の症例でみられたという報告もあります4)。両側性の滲出性扁桃腺炎も半数以上の症例でみられます。我が国では、乳幼児期に不顕性感染をすることが多く、症状がみられる場合でも典型的経過をとることは少ないです。年齢が上がるにつれて典型的な伝染性単核球症を発症します。

EBウイルス感染後の各種抗体の推移(伝染性単核球症)https://kotobank.jp/word/%E4%BC%9D%E6%9F%93%E6%80%A7%E5%8D%98%E6%A0%B8%E7%90%83%E7%97%87-102508 より転載)

 診断は上記のEBウイルスの各種抗体で行いますが、通常EBV VCA―IgM 陽性、EBNA―IgG 陰性で確定です。通常予後良好な自然治癒の疾患ですが、3000例に1例は致死的になるといわれています。治療法はありません。
 問題なのは慢性活動性 EB ウイルス感染症です。
 EBウイルスの初感染時(あるいは既感染のヒトにおいても)、免疫制御されていたウイルスが何らかのきっかけから体内で再活性化することで、持続的にリンパ球内に感染を生じて体内での免疫制御が不能となってしまうことがあります。それにより、慢性的にウイルスが増殖活動し、重症化するという病態が慢性活動性EBウイルス感染症です。この場合、EBウイルスの標的リンパ球はTリンパ球やNKリンパ球であるとされており、この点がBリンパ球を標的としたEBウイルス感染である伝染性単核球症と異なった点です。これに関しては、EBウイルスは初感染時あるいは再活性化時にはBリンパ球を標的としますが、その際に一部のウイルスがTリンパ球やNKリンパ球にも感染しているものと想定されており、これが本疾患の発病に関与しているとされていますが、なぜ発病する人としない人がいるのか、そのメカニズムについてはまだ不明です6)
診断基準は。

1) 伝染性単核球症様症状が3か月以上持続(連続的または断続的)
2) 末梢血または病変組織におけるEB ウイルスゲノム量の増加
3) T細胞あるいはNK細胞にEBウイルス感染を認める
4) 既知の疾患とは異なること

以上の 4 項目をみたすこと。とされています。
 本疾患は経過中しばしば EB ウイルス関連血球貪食性リンパ組織球症、主に T 細胞―NK 細胞リンパ増殖性疾患などの発症をみます。これらの疾患をEBV関連T/NKリンパ増殖性疾患として1括する向きもあります。一部は蚊刺過敏症などの皮膚病変を伴います。近年、EB ウイルス陽性のTあるいは NK細胞を、EBER1 in situ hybridizationと細胞表面分化抗原の免疫組織化学やフローサイトメトリーとの組み合わせで検出できれば診断はほぼ確定するとされています。
 慢性活動性 EB ウイルス感染症は地域性・風土的に多く発生しますが、家族集積性はなく、発症する人の免疫異常も確認されていません。欧米に少なく、東アジアに多く発生し、発症頻度の原因が多く研究されていますがまだ不明のままです。したがって誰に発症するかわからない状態です。いずれの疾患も特効薬はなく造血幹細胞移植等の治療が検討されています7)
 近年、EBウイルスは中枢神経の脱髄疾患である多発性硬化症の原因として重要視されており8)、またさらに新型コロナウイルス感染症の後遺症にも関与しているという報告もされています9)。またEBウイルス関連胃がんは胃がんの約10%を占めるとされ、PDL-1 の高発現や、リンパ節転移の少なさなどから特別な扱いが必要であるとも報告されています。ちなみにMaltoma とは別な疾患です。
 またここ数年,MTX 投与中に発生する MTX関連リンパ増殖性疾患(MTX-LPD)の報告が急増しており、この疾患にもEBウイルスが関与している場合が多いとされています。
 MTX-LPD は、EBV関連T/NKリンパ増殖性疾患とは別の疾患で、関節リュウマチ治療に一番重要な薬剤であるメトトレキサート( MTX )を投与中に免疫低下が起こり、EBウイルスの再活性化がおこりリンパ腫が出現するものです。今のところ明らかなリスク因子が不明で、回避の対策は見出されていません。またリンパ節外の病変も多く、診断が難しい場合も多いとされ、更に発症時の対応や リンパ腫寛解後の 関節リュウマチ再燃に対する治療戦略も確立されていません11)
 私たちはこの厄介なEBウイルスに対する武器はなにも持ち合わせていません。ワクチンもありませんし、治療薬もありません。ただ自然に感染し、生涯にわたって体内に潜伏させ、何事もなかったら良し、という具合に付き合っています。そしてなにか有害事象があったときは運が悪かったと思うしかありません。しかし、このコロナ禍のなかで、EBウイルスの初感染が遅れたり、生涯にわたって感染しない人が増える可能性もあり、この厄介なEBウイルスとの付き合い方が変わってくるかもしれません。
 ただ人の体内には39種類もウイルスが潜伏しており、無症状で共生していると言われています。むしろ潜伏ウイルスの中には人体に有益なものもあると考えられています12)。人類の進化に貢献したウイルスもあるようです。もしかしたらEBウイルスは諸刃の剣かもしれません。

令和5年4月18日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

1)今後、感染症の増加が予想されます
2)西山 幸廣:ヘルペスウイルスに関する基盤研究とその応用 . モダンメディア 2007 ; 53 ; 26 – 32 . 3)近藤 一博:HHV-6・HHV-7―β-ヘルペスウイルスの共通点と相違点 ―. ウイルス 2002 ; 52 ; 117 – 122 4)小林 信一:EB ウイルス感染症 . 耳展 2008 ; 51 ; 243 – 249 .
5)菅野 祐幸信:EBウイルスの基礎と感染病理 . 信州医誌 2016 ; 64 ; 173 – 181 .
6)木村 宏:慢性活動性EBウイルス感染症 . 日本造血細胞移植学会誌 2021 ; 10 ; 87 – 93 .
7)岩月 啓:東アジアと中南米にみられるEBウイルス関連T/NKリンパ増殖異常症:種痘様水疱症と蚊刺過敏症を中心に . 岡山医学会雑誌 2018 ; 130 ; 123 – 128 .
8)Kjetil Bjornevic et al ; Longotudinal analysis reveals high prevalence of Epstein-Barr virus associated with multiple sclerosis . Science 2021 ; 375 ; 296 – 301 .
9)Jeffrey E Gold et al : Investigation of Long COVID Prevalence and Its Relationship to Epstein-Barr Virus Reactivation. Ournal Pathogens (Basel, Switzerland). 2021 Jun 17;10(6); pii: 763.¥
10)西川 潤ら:EB ウイルス関連胃癌の内視鏡診断と治療 . Gastroenterological Endoscop 2021 ; 63 ;  255 – 263 .
11)吉原 良祐ら:メトトレキサート関連リンパ増殖性疾患27症例の臨床像 . Clin Rheumatol Rel Res 2017 ; 29 ; 164 – 172 .
12)健康な人の体に39種も ウイルスは体内で何をしているのかhttps://globe.asahi.com/article/13708394