マイコプラズマ感染症の診断は難しい
マイコプラズマ(M.pnenmoniae)感染症の診断法には、マイコプラズマの病原体を検出 する方法と血中抗マイコプラズマ抗体測定法があります。マイコプラズマ病原体を検出する方法は培養法、抗原検査法、PCR法などがあります。培養法は手間がかかり、結果の判明まで比較的長期間を要するため実臨床で使用されることはありません。現在使用されているのは迅速抗原検査法、DNAを検出するPCR法やLAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法があります。抗マイコプラズマ抗体測定法には、受身凝集反応(PA(ゼラチン粒子凝集法 Particle agglutination method)法、補体結合反応(CF:Complement fixation test)法、酵素結合免疫吸着検査法(ELISA:Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)蛍光抗体(IFA:Fluorescent labeled antibody method)法,ウェスタンブロット法などがあります。一般に血清診断としてわが国ではPA法が用いられることが多いです。その理由は主にIgMが測定されるため、感染後1週間程度で上昇し、2~6週間程度でピークに達します。そのため一般には急性期を捉えやすいPA法の方がCF法に比べてよく選択されます。ペア血清で4倍以上の抗体値上昇がみられた場合は確定診断です。一方単一血清による抗体値ではcut off値に関して必ずしも明確な基準が設定されていませんが、小児気道感染の場合は1:80あるいは1:160の抗体値で診断して良いという報告もあります1)。しかし、血清診断は結果が翌日以降になり、また基本はペア血清が必要なことから入院となった重症症例が対象になり、さらに採血が必要であること、感度も90%を超えないことより実臨床ではあまり使用されなくなりました。そこで登場したのがマイコプラズマ特異的IgM抗体を迅速に検出する簡易イムノクロマトグラフ法であるイムノカー ドマイコプラズマ抗体です。これは迅速診断ではありますが病原体を検出するものではなくIgM抗体を検出するものです2)。しかし、マイコプラズマ感染症では1年ぐらいはIgM抗体が上昇したままであることがわかっていましたが、やはりイムノカードでも感染後527日まで陽性であったという報告もあります2)。本法による診断は急性感染だけではなく広い範囲の既感染を含んでいる可能性が判明してあまり使用されなくなりました。やはり感染診断には病原体検出が不可欠と考えられ研究が進められ、気道分泌物を検体とした Real time PCR 法を用いた検査法は培養検査より検出率が高いことが報告されました。しかし臨床検体からの遺伝子抽出操作が煩雑であり、かつ結果が出るまで 6 時間を要するため研究用でしか普及しませんでした。PCRの欠点を改良したLAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法が開発されました。LAMP の測定原理は、マイコプラズマのゲノム内に存在する特異的遺伝子配列を標的としたプライマーを設計し、鎖置換活性を有する DNA 合成酵素との組み合わせにより、従来の Real-time PCR 法よりも迅速に標的遺伝子を一定温度下で増幅し検出する方法です3)。LAMP法は感度・特異度もPCR法と同等の優れた検査法ですが、特別な機械を必要とし、検体採取から結果判定までに数時間程度を要するため、診療所等のプライマリーケア施設においてで広く使われるには至りませんでした。その後に診療所で特別な機器も要さず、15分という短い時間で検査ができるリボソームタンパク L7/L12 抗原を検出する簡便なマイコプラズマ抗原迅速検出試薬(リボテスト)が市販されました。リボソームタンパク L7/L12 は分子量 28kD の二量体タンパクで、1 菌体あたり数千から数万のリボソームが存在し、蛋白翻訳因子と結合しタンパク合成の開始に関与する分子です。したがって採取できる菌量の少ない疾患をはじめ感度が求められる検査への応用が期待されました4)。しかし、抗原検出キットの1つであるリボテストの感度は後藤らの検討5)では22~23%と低く、その他の報告でも感度33.3~74.1%と低いものが相次ぎました。診断感度としては低すぎて診断には総合的な判断が必要と報告しています。その後数社より迅速抗原キットが発売され、現在5種類のキットが使用可能です。おのおの検出する蛋白抗原が異なり、リボテストはリボゾームタンパク(L7/L12)、プロラストは 熱ショックタンパク(DnaK)、クイックチェイサーは公表なし、イムノエースは接着器官構成タンパク(P30)、クイックナビは接着器官構成タンパク(P1 および P30)を検出するキットです。各々の検出限界は1~6×10 6 程度で大きな差はありませんが、検出する抗原が異なるため死菌を多く検出するものがありました。しかし、大きな差はないものと思われます。実臨床の検討で2種類の抗原キットが比較されましたがやはり感度20%前後で低い感度で差はありませんでした7)。また検体採取部位の検討では咽頭後壁の方が口蓋扁桃より検出感度が優れているという報告もあり、検体採取法にも注意が必要です8)。
肺炎マイコプラズマは下気道の線毛上皮細胞で増殖するため、上気道の菌量は下気道の約 1%以下であり7)いずれのキットも咽頭拭い液を検体として測定することから、偽陰性が多くなるのは仕方なく、やはりマイコプラズマの診断は総合的な判断をもとに行われるべきでしょう。
成人肺炎診療ガイドライン9)では以下の基準で非定型肺炎を鑑別し、できるだけ原因微 生物を検索しながらマクロライド抗菌薬を投与するように記載してあります。
6項目中4項目以上合致すれば非定型肺炎、3項目以下の合致なら細菌性肺炎(感度78%、特異度93%)、また1~5の5項目中3項目以上合致すれば非定型肺炎、2項目以下の合致なら細菌性肺炎(感度84%、特異度87%)、
やはり、マイコプラズマの診断は迅速診断キットの結果を参考にしながら総合的に考えていくことが必要と思われます。
令和5年2月2日
菊地中央病院中川義久
参考文献
- 山崎 勉:マイコプラズマ・クラミジアの病原診断 . 日本小児呼吸器疾患学会雑 誌 2008 ; 19 ; 42 – 47 .
- 成田 光:マイコプラズマ感染症診断におけるIgM抗体迅速検出法の有用性と限界 . 感染症誌 2007 ; 81 ; 149 – 154 .
- 山田 有美ら:LAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法による迅速診断が有用であったマイコプラズマ気管支肺炎の 2 例 . 感染症学雑誌 2014 ; 88 ; 160 – 165 .
- 山崎 勉ら:肺炎マイコプラズマ感染症の診断におけるリボソームタンパクL7/L12 抗原検出試薬の検討 . 感染症学雑誌 2015 ; 89 ; 394 – 399 .
- 後藤 研誠ら:小児マイコプラズマ肺炎における抗原迅速診断キットの有用性 . 日農医誌2018 ; 67 ; 469 – 476 .
- 小林 優貴ら:市販されている 5 種類のマイコプラズマ抗原検出キットにおける検出感度試験 . 医学検査 2020 ; 69 ; 30 – 35 .
- 長谷 達也ら:肺炎マイコプラズマ感染症診断における迅速抗体検査と迅速抗原検査のLAMP法との比較 . 日赤検査 2016 ; 49 ; 72 – 75 .
- 大島 匠平ら:新規マイコプラズマ抗原検査キット―プロラスト®Myco . 生物試料分析2015 ; 38 ; 305 – 308 .
- 成人肺炎診療ガイドライン2,017. 市中肺炎 pp 9 – 33 日本呼吸器学会発行