高齢者の無菌性髄膜炎は帯状疱疹ウイルス

高齢者の無菌性髄膜炎は帯状疱疹ウイルス

 いわゆる無菌性髄膜炎は、発熱、頭痛、嘔吐のいわゆる3主徴をみとめ、髄膜刺激徴候が存在し、髄液検査でリンパ球有意な所見で、髄液から細菌を検出しないことで診断がなされる症候群です。多種多様の起因病原体があり、また、成人の場合は膠原病、悪性疾患などの様々な非感染性疾患でも無菌性髄膜炎を起こすことがあります。一般的な臨床の現場においては、無菌性髄膜炎はウイルス性髄膜炎を念頭において診断されます。
 通常、無菌性髄膜炎は小児の疾患で、幼小児に多く、80%は8歳以下と報告されています。最も多い原因はエンテロウイルスで、全体の約70~80%程度を占めています。手足口病の起因病原体の一つであるエンテロウイルス71も髄膜炎を起こしやすいウイルスです1)。 その他のウイルスとして、ムンプスウイルスなどがあります。マイコプラズマも二次性の無菌性髄膜炎の原因の一つとして重要で、真菌性、結核性、など多くの原因があります。しかしウイルス性の髄膜炎が多い中で、唯一治療薬があるヘルペスウイルス属の診断は確実に行う必要があります。
 成人のみの検討は極めて少ないですが、竹島らの330例の検討2)では一番多い原因はやはりエンテロウイルス属で、次に単純ヘルペス属、3番目は水痘・帯状疱疹ウイルスでした。しかし高齢者に限ると、高齢者では水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)によるものが一番多く、とくに三叉神経帯状疱疹に随伴した髄膜炎は50%と頻度が高く、頭のわれるような痛みを訴えると同時に水疱部に一致した神経痛を伴います3)。さらに、⽪疹がなくてもVZV髄膜炎は除外できず、VZV髄膜炎・脳炎で44%は⽪疹が認められないことも報告されており、また帯状疱疹発症から6ヶ⽉以上経過後にVZV髄膜炎を発症した報告例もあり4)、高齢者の無菌性髄膜炎を診断した場合はまずVZV髄膜炎を疑い、髄液のVZV PCR検査を行うべきで、PCRが陰性であればVZV IgM・IgG 検査を追加すべきです。脳脊髄液中の抗VZV-IgG抗体は93%で陽性となる一方リアルタイムPCR法でのVZV―DNAは30%で陽性と低いです。また、髄液中の抗体産生を反映する抗体価指数((脳脊髄液中ウイルス抗体価/血清ウイルス抗体価)/(脳脊髄液中 /IgG/血清IgG))も有用な所見として知られています。診断に際しては脳髄液中のVZV-DNA及びVZV-IgG双方の測定が勧められますが、スクリーニングという観点では、感度に優れたVZV―IgGの測定がより信頼性が高いと考えられます5)
 樋口らのやや古い報告6)ですが、1)帯状疱疹患者の66%に髄膜炎現象がみられ、このうち、髄膜刺激症状を呈したのは30%にすぎなかった。2)髄膜炎現象を伴う症例の罹患部位は脳神経領域に限らず、約半数か脊髄神経領域であった。3)髄膜炎現象は汎発疹の有無や基礎疾患の合併とは相関しなかった。4)髄膜炎現象をみる症例の髄液所見に関し髄液細胞増多は軽度~中等度であり、外観は水様透明、総蛋白は正常~上昇、Clや糖はほぼ正常で、ウイルス性髄膜炎の所見に一致していた。5)髄液細胞増多の程度と汎発疹や髄膜刺激症状の出現頻度とは必ずしも相関しなかった。6)症例の38%が急性期に髄液細胞増多を示した。症例の80%で、髄液細胞数が1~2病週に最高値を示した。7)髄液中VZV CF抗体は急性期には出現せず、回復期には細胞増多群の63%が有意の上昇を示した。中等度以上の細胞増多群では、その出現頻度は88%と高率であった。8)初回検査時の髄液細胞数は抗ヘルペスウイルス剤投与群では非投与群に比して有意の低値を示していた。という記載があります。帯状疱疹は非常に髄膜炎を併発しやすい可能性があり、またその際に頭痛などの症状がないことがあり、見逃す可能性が高いことが想定されます。帯状疱疹の患者さんには半分以上が髄膜炎を併発しているという意見もあります7)
 しかし、帯状疱疹と診断がついていれば抗ヘルペス剤を投薬してあるので大きな問題はないかもしれません。しかし、VZV髄膜炎・脳炎で44%は⽪疹が認められないことも報告されており、高齢者の無菌性髄膜炎と診断した場合は必ず帯状疱疹ウイルスを念頭に置かなければいけません。また、高齢者は腎機能が悪く、その際にアメナメビルで帯状疱疹を治療されることも多いと思われますが、中枢神経の移行が悪く、髄膜炎・中枢神経血管炎を起こす可能性もあり注意が必要です8)。さらに、帯状疱疹で加療中、意識障害が出現した場合VZV髄膜炎・脳炎の可能性もあり、アシクロビルの副作用と考え安易にアシクロビルを中止しないことも必要です9)
 帯状疱疹の重篤な神経合併症として、VZV血管炎に伴う脳梗塞もあります。正確な頻度は不明ですが、小児においては脳梗塞例の約 1/3 がVZV血管炎が原因と言われ、成人においては、帯状疱疹発症後1年間は脳梗塞のリスクが 30%増すという報告や、三叉神経第1枝領域の帯状疱疹の場合、脳梗塞リスクが 4.5 倍となるという報告もあります。病態としては、三叉神経節から再活性化した VZV が、遠位知覚神経繊維を介して内頚動脈やその分枝に達し血管炎を起こすと推定されています。帯状疱疹は日常よく見られる感染症ですが、中枢神経合併症を考慮しながら治療するべきで、また、ワクチンで帯状疱疹の予防をすべき疾患です。

菊池中央院   中川 義久
令和3年8月13日

参考文献
1 ) 手足口病が流行しています
https://nobuokakai.ecnet.jp/info/topic/718/
2)竹島 慎一ら:成人無菌性髄膜炎の臨床的検討―流行性と起因ウイルスの検討― . 臨床神経学 2014 ; 54 ; 791 – 797 .
3)庄司 紘史:頭痛の診断と治療 5.髄膜炎の頭痛 . 日内会誌 1993 ; 82 ; 66 – 69
4)⽔痘帯状疱疹ウイルス髄膜炎・脳炎
http://hospi.sakura.ne.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jhn-cq-tokyoiryo-161103.pdf
5)徳島 礼実ら:中枢神経ループスとの鑑別を要した水痘帯状疱疹ウイルス血管症の1例 . 日内会誌 2020 ; 109 ; 603 – 610 .
6)樋口 由美子:帯状疱疹にみられる髄膜炎現象に関する研究 . 日本皮膚科学会雑誌 1988 ; 98 ; 71 .
7)松尾 光馬:ヘルペス性疾患に対する診断と治療 . 耳展 2019 ; 62 ; 134 – 143 8)谷口 葉子ら:三叉神経領域の帯状疱疹をアメナメビルで治療後に帯状疱疹性髄膜脳炎と脳血管炎を合併した1例 .臨床神経 2021 ; 61 ; 239 – 242 .
9)嘉山 邦仁ら:胸神経領域の帯状疱疹に脳髄膜炎を併発した1例. ペインクリニック誌 2013 ; 20 ; 107 – 110 .
10)吉川 哲史:水痘帯状疱疹ウイルスによる神経感染症:ワクチンの pros and cons . Neuroinfection 2020 ; 25 ; 39 – 43 .