誤嚥性肺炎の原因が舌苔にある

誤嚥性肺炎の原因が舌苔にある

 肺炎は社会の高齢化を反映してその死亡者数は徐々に増加し、2011 年に初めて本邦の死亡原因の第 3位となりました。肺炎による死亡者の 95% 以上が 65 歳以上の高齢者で、入院を要する肺炎患者のうち、60 歳代では約 50% が誤嚥性肺炎で、さらに、年代が上昇するごとにその割合は上昇すると報告されています。高齢者肺炎や誤嚥性肺炎の治療は現在でも重要な課題となっております。肺炎の治療の第一歩として、原因菌の把握は抗菌薬の選択の面から重要です。しかし、培養や血清診断、抗原検索といった従来の原因菌検索は必ずしも十分に満足のいくものではありませんでした。2011 年の本邦からの報告では、呼吸器専門医が所属する病院で原因菌が判明したのは 47.2%で、半数以上の症例で原因菌を把握することができませんでした1)
 近年、感染症の原因菌検索においても分子生物学的手法が用いられるようになり、従来の培養法に比べてより高い検出率を示すことが報告されています。特にヒトには存在せず、細菌のみが保有する 16S ribosomalRNA(rRNA)遺伝子が注目されており、これを直接解析することで培養に依存せずに原因菌を検索することが可能となったのです2)。16S rRNAは原核生物(細菌および古細菌)に特有の遺伝子で、塩基配列のデータベースが充実していることや適度な進化速度であるため、塩基配列の変化が少ないことが細菌の菌種同定に好都合で、この方法により検体内に存在する細菌の種類とその割合を把握することが可能となり、この方法を網羅的細菌叢解析法と呼ばれるようになりました。本法の最大の利点は培養に依存しない方法であるため、培養に関連したさまざまな問題が生じないことです。また、結核菌などの特定の病原体を検出するターゲットPCRと比較して、本法では細菌のみが保有する 16S rRNA遺伝子の保存領域(菌種に係らず共通の塩基配列が保存されている領域)にプライマーを設定しているために、網羅的な細菌のDNAの検出が可能となり、そのために特定の菌種を前もって予測する必要性がありません。欠点としては 100 クローン弱の解析のため、1% 未満の少ない割合の細菌の検出は困難です。他に、検査行程に手間や時間(3 日間),費用がかかること、抗菌薬の感受性試験ができないことなどが難点とされています2)。この検査法はまだ一般臨床では使用できませんが、様々な感染症の原因診断の研究に用いられるようになりました。
 2000年代の誤嚥性肺炎の起炎微生物の検討では、これは喀痰培養による検討ですが、一位が嫌気性菌で、以下肺炎球菌、インフルエンザ菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌の順でした。そしてこれまで2位以下の起炎菌の順番が多少の入れ替わりはあっても、嫌気性菌が一番重要であることは変わりありませんでした3)。しかし迎らは、誤嚥性肺炎患者の気管支肺胞洗浄液の網羅的細菌叢解析法を用いて原因菌検索を行いました4)。細菌培養法と違い全例で原因菌が判明しました。それによると一番多かった原因菌は口腔内連鎖球菌で23.2%で、従来から一番多いとされてきた嫌気性菌は10%にとどまり、以下黄色ブドウ球菌7.3% 、緑膿菌9.8% でした。誤嚥性肺炎において、嫌気性菌の関与は従来考えられていたよりも少ない可能性があり、特に,高齢者の呼吸器感染症では嫌気性菌より口腔内連鎖球菌などの口腔内常在菌が重要である可能性があると報告しました4)
 誤嚥性肺炎は口腔内の細菌が色々な理由で気管から肺内に流入することで起こるため、口腔内の清浄化が重要で、口腔内を清掃することで誤嚥性肺炎の予防につながることが明らかとなっています5)
 舌苔は舌背の中央から舌根部にかけて堆積する微生物や食物残渣、剥離上皮などからなる膜状の凝集塊であり、年齢やう蝕,歯周疾患の状態に関わらず観察されます。舌苔は細菌の母床であり、舌苔中の細菌が唾液中の大半を占めるとされています5)。また舌苔を除去するとデンタルプラークの形成が抑制されたとの報告もあり、舌苔は口腔内細菌の貯蔵庫的な意味合いもあり、誤嚥性肺炎を考える場合には歯周炎の予防とともに舌苔のコントロールも重要と考えられます。

令和3年7月13日
菊池中央病院   中川義久

参考文献
1)迎 寛:肺炎診療:細菌叢解析でわかった新たな知見~呼吸器感染症における嫌気性菌の役割 . 日本化学療法学会誌  2016 ; 64 ; 647 – 651 .
2)迎 寛:網羅的細菌叢解析法による呼吸器感染症診断 . 日内会誌 2013 ; 102 ; 2875 – 2881 .
3)河合 伸:誤嚥性肺炎の予防と治療 . 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 2008 ; 18 ; 209 – 212 .
4)迎 寛:呼吸器感染症における口腔内レンサ球菌と嫌気性菌の役割 . 日内会誌 2016 ; 105 ; 1796 – 1802 .
5)野口 貴雄ら:一般地域住民における口腔内環境と口腔細菌叢に関する研究 . 弘前医学 2020 ; 71 ; 46 – 54 .