自宅風呂でも起こりうるレジオネラ肺炎

自宅風呂でも起こりうるレジオネラ肺炎

 ここ数日、老舗温泉旅館がお湯の入れ替えや掃除を怠って多量のレジオネラ菌が検出されたという報道がながれています。
 レジオネラ属菌は本来土壌などの自然環境中の細菌で少なくとも46の種と、70の血清型が知られています。人への病原性は15の血清型が知られています。通性細胞内寄生性菌で、冷却塔、給湯系、渦流浴などの人工環境にアメーバを宿主として増殖しています。この生活様式が衛生学上、レジオネラを除去しにくいことに関わっています。これらの自由生活アメーバは浴槽などの表面に形成されるバイオフィルムに付着して生活していることが多いため、循環式のろ過処理設備から逃れて増殖可能です。またレジオネラ自身、単独でもバイオフィルムの形成が可能です。またバイオフィルムの存在と、アメーバの細胞内に寄生していることによって、レジオネラに対して消毒薬が直接到達しにくいため、消毒薬の効果が妨げられます。さらに自由生活アメーバの中には、生育環境が悪化するとシストと呼ばれる、耐久型の構造を形成するものがあり、この状態では熱や消毒薬に対する抵抗性が増加するため、内部のレジオネラが保護される形になって完全な除菌が難しくなるという問題もまた生じてきます。バイオフィルムは水のある所にすべて存在します1)

お風呂の毛髪除去フィルターのヌルヌルがバイオフィルムです(文献1)より転載)。

 レジオネラは環境中に普通に存在する菌であり、通常では感染症を引き起こすことはありません。風呂に入ったり、手を洗うぐらいでは感染しません。レジオネラは溺水やシャワーなどのミストに含まれ浮遊してヒトに吸引されて感染し、肺胞マクロファージで増殖し肺炎を発症します。欧米では噴水の原因が多く、日本では入浴施設が多いといわれています。感染のリスク要因は高年齢、喫煙歴、慢性閉塞性肺疾患、低免疫機能があげられています。
日本では肺炎の原因の約1%がレジオネラが原因と考えられています2)

国立感染症研究所ホームページより転載

 図は2011年から2021年までの本邦でのレジオネラ肺炎の診断数ですが少しずつ増加していることが解ります。増加の原因は感染症が増えたというより、尿中抗原検査の精度が上昇したことで診断できる数が増えたものと思われます。従来のレジオネラ・ニューモフィラの尿中抗原診断キットは血清型1型のみでしたが、2018年2月に全血清型を測定できる診断キットに変更され、海外・本邦ともに約 96%が尿中抗原検査によって診断されています3)。感度 86%,特異度 99% と報告されています4)。ところで尿中抗原は血中よりも抗原の濃度が濃くなるため測定可能となりますが、血清5)やBAL6)でも測定可能とする報告もあります。無尿である透析患者の血清を用いて通常より長い時間の反応時間で診断しえたというものです。尿の採取が困難なかたには試みる価値はあるでしょう。また、尿中レジオネラ抗原検査においても、判定時間が長くなるほど感度は上昇しますが偽陽性は増えないとの報告もあり、疑わしい症例は 15 分の判定時間を超えて観察することも試みたいところです。

国立感染症研究所ホームページより転載

 本邦で診断された患者の年齢と性別分布です。60台に多く、圧倒的に男性が多く、その理由は不明です。
 日本でのレジオネラ感染の感染場所は温泉施設が圧倒的に多いと思われがちですが、本邦で報告されているレジオネラ肺炎の感染原因・感染経路は水系感染が 32.5%、塵埃感染が 5.7% ですがそれ以外は感染経路不明です7)。施設や公衆浴場などの集団感染でない限り原因の確定が困難で、単発例ではそのほとんどが原因不明です。つまり私たちの周囲にはいたるところにレジオネラ菌が存在し、感染の機会をうかがっているものと考えられ、少なくともレジオネラ肺炎の診断において病歴聴取が最も重要であると考えられます。温泉施設のみではなく、自宅の風呂でも循環式自宅風呂からのレジオネラ肺炎の報告は多く見られ8)、さらに非循環式自宅風呂からの報告もあります。普通の自宅風呂の誤嚥でもレジオネラ肺炎は起こりえるのです9)
 レジオネラ肺炎は早期診断、早期治療を可能にした尿中抗原による診断法の出現により、死亡率が10%未満に低下してきています2)がなお重篤な肺炎であることは変わりありません。
 慢性閉塞性肺疾患や免疫不全などの感染危険因子持っている人は自宅の風呂釜の取水口や排水口のヌルヌルは綺麗に掃除する必要があるかもしれませんし、噴水のミストや乾燥したところで風に舞い上がる塵埃を吸入しないように注意しなければなりません。

令和5年3月3日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

  1. 古畑 勝則:バイオフィルムを知る―レジオネラバイオフィルムの評価― . 環境バイオテクノロジー誌 2022 ; 22 ; 23 – 32 .
  2. 関 慎也:農村地区におけるレジオネラ肺炎9 症例の臨床的特徴 . 日農医誌 2018 ; 67 ; 76 – 81 .
  3. 新しいレジオネラ感染の診断キット
  4. Shimada T et al : Systematic review and metaanalysis : urinary antigen tests for Legionellosis. Chest. 2009 ; 136 : 1576 – 1585.
  5. 木村真依子ら:血液透析患者に発症したレジオネラ肺炎の診断に,血清を代用した尿中抗原検出試薬による検査が有用であった 1 例 . 日本透析医学会雑誌.2017 ; 50 : 641 – 646..
  6. 増野智章ら:尿中レジオネラ抗原検査キットを用いBALF 中レジオネラ抗原が確認されたレジオネラ肺炎の 1 例 . 気管支学2021 ; 43 ; 150 – 151 .
  7. 吉田 泰徳ら:グリース・トラップのメンテナンス作業中の感染が示唆されたレジオネラ肺炎の 1 例 . 感染症学雑誌 2020  ; 96 ; 168 – 172 .
  8. 石川 章ら::家庭用 24 時間風呂が感染源と特定できたレジオネラ肺炎の 1 例.感染症誌 2004;78 ; 898 – 904.
  9. 白坂 渉ら:LAMP 法遺伝子検査により診断し得た Legionella pneumophila serogroup 8 による重症肺炎の 1 例 . 感染症誌 2018 ; 92 ; 701 – 704 .