HIV検査が減少しています
厚生労働省のエイズ動向委員会は2020年の1年間に保健所などで行ったエイズウイルス(HIV)の検査が19年に比べて半減し、6万8998件となったと発表しました。相談も半減し、6万6519件でした。新型コロナウイルスの感染が拡大し、HIVの検査や相談をためらう人が増えたほか、保健所の業務がコロナ対応で逼迫(ひっぱく)し、HIVの検査を取りやめた時期があったことなどが影響したと考えられます(2021/03/17 13:19 読売新聞オンラインより)。コロナ禍がHIV検査を少なくしてしまったのです。
ここに注目すべき論文があります1)。
2015年から2020年までの日本の保健所・市町村によるHIV検査・相談件数、新たに診断されたHIV症例数のグラフです。
(A)エイズ診断を受けていない新規HIV症例数
(B)エイズ診断を受けた新規HIV症例数
(C)エイズ診断の有無にかかわらず新たに報告されたHIV症例の数
(D)保健所または地方自治体が実施したHIV検査の数
(E)保健所が受けた相談の数
(F)エイズと診断された新規HIV症例の割合
Aのグラフで2020年には新規HIV症例が減少していることが解ります。Bのグラフで新規AIDS診断数が減っていないことが解ります。Cのグラフでは新たにHIV陽性と診断された症例が2018年頃より減少していることが解ります。D、Eのグラフで保健所でのHIV検査やHIVの相談を受けた人が2020年は著明に減少していることが解ります。そしてFのグラフでは新規HIV陽性のうちすでにAIDSとなっていた割合が2020年に著増していることが解ります。いわゆるいきなりエイズが増加しているのです。これは何を示しているかというとCOVID-19パンデミックのせいでHIVの診断遅れが増えてきており、いきなりAIDSが増えているという事です。これらのAIDSの人たちが多くの人にHIVを感染させているかもしれないことです。
HIV感染症の自然経過を示しています。
①急性感染期
HIVが感染すると、感染後1~2週間の間にウイルスが急速に体内で増殖します。この時期に5割から7割の患者で発熱・発疹・リンパ節腫脹などの急性ウイルス感染症状が出ます(インフルエンザ様症状や無菌性髄膜炎症状など)。その後、ウイルス量は減少して、症状も消失します。4~8週の経過です。つまり3割から5割の感染者は無症状で経過します。
②無症候期
急性感染期を過ぎると慢性のウイルス感染状態に移行します。この時期は、あまり臨床症状がみられませんが、体の中では、HIVと免疫機構とが拮抗した戦いを続けています。この状態は7年から12年、平均10年くらい続くとされてきましたが、近年短くなる傾向があるといわれています。3年から5年ぐらいになったともいわれています3)。経過とともにHIV量が増加して、CD4陽性Tリンパ球が減少してきます。
③エイズ発症期
CD4陽性Tリンパ球が減少すると免疫力が低下して、日和見感染症や日和見腫瘍を合併しやすくなります(特に、200/mL以下になると合併しやすくなるといわれています)。エイズ指標疾患である日和見感染症や日和見腫瘍を併発した場合にエイズ発症と呼びます。治療が行われない場合、エイズ発症から約2年で死亡するといわれています。
HIVに感染してこのような感染症に罹患したり腫瘍が発生したときにエイズと診断されます。帯状疱疹は含まれていません。
文献2)より転載
CD4陽性細胞数が、HIV-1感染後徐々に下がり、さまざまな病気を起こしていく経過を示したものである。重要な目印になっている疾患はニューモシスチス肺炎です。さらに免疫機能が障害されると、トキソプラズマ脳症、悪性リンパ腫、サイトメガロウイルス感染症などさまざまな疾患を発症します。エイズになる前の段階でHIV感染症を見つけることも重要です。帯状疱疹を2回、3回と繰り返しているというのはかなり特異的な所見であり通常の人の帯状疱疹の再発率は5%ぐらいであるのにHIV-1感染症患者で調べると、20%近くの人が帯状疱疹を2回、3回と繰り返していると言われており、若年層で帯状疱疹の既往が複数回あるならば、HIV検査を進める必要があると言われています4)。
COVID-19 パンデミックの影響で日本ではむしろHIV感染症が増えている可能性があります。それは保健所のひっ迫による検査停止や感染者の検査控えもあるでしょうし、我々医療者も発熱患者を診察するときにCOVID-19 を念頭におきすぎてHIVの初感染を見逃している可能性があります。HIV感染の見逃しは感染蔓延の原因にもなるし、エイズを発症すると治療に難渋することからもHIV感染の診断遅延は避けなければいけません。
令和4年10月11日
菊池中央病院 中川 義久
参考文献:
1)Ejima, Keisuke et al ;HIV Testing by Public Health Centers and Municipalities and New HIV Cases During the COVID-19 Pandemic in Japan. Journal of Acquired Immune Deficiency Syndromes: June 1, 2021 – Volume 87 – Issue 2 – p e182-e187.
2)国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/400-aids-intro.html
3)高折 晃史:HIV-1感染症 / エイズ診療の現状と未来 . 天理医学紀要 2012 ; 15 ; 1 – 14 .
4)山元 泰之:HIV-1感染症と性感染症 . -健診とセクシュアルヘルス- . 総合健診 2011 ; 38 ; 753 – 764 .