見逃されているHIV感染者

見逃されているHIV感染者

 HIV(Human Immunodeficiency Virus)はヒト T 細胞に感染するレトロウイルスであり、細胞性免疫不全が主な病態です。ニューモシスチス肺炎をはじめとした日和見感染症や、ウイルスの直接関与の有無にかかわらず悪性腫瘍を発症することが知られています。世界的には HIV 患者数の増加は頭打ちになっているとされますが、我が国は先進国にありながら依然として新規発症患者の増加が抑制できていない状況にあります。2012 年、我が国でははじめて新規発症患者が 2 万人を超え、我が国において新規に診断された HIV 患者の 1/3 は 23 のエイズ指標疾患罹患を発端とするいわゆる「いきなりエイズ」の状態にあります。また、本邦でのHIV感染者の捕捉率は低く、感染者の20%程度と推測されており、13%という厳しい推測もあります。米国の捕捉率が80%と言われており大きな開きがあります1)。HIV感染症は早期に発見して早期に治療を開始した方が有効性が高く、いったんエイズを発症してしまうと治療薬が進んだ現在においても死亡する可能性があり、また治療がうまくいっても深刻な後遺症が残ることがあります。またエイズになるまでは3~5年は要するので、その間多くの人に感染させてしまう可能性があります。HIV感染症は7~8割が性行為による感染です。しかし男女間、男性同士での感染効率はあまり高いものではなく、コンドーム無しでの性交渉でも1%未満とされています。ただし性器に傷があったりSTD(梅毒やクラミジア感染症など)があると感染効率は跳ね上がり10%になるとされています。医療従事者の針刺しでの感染確率は0.3%。母子感染は30%とされています2)
 HIVに感染すると概ね2~8週間後に約50%の人に急性HIV感染症が起きます。伝染性単核球症に類似した症状を呈することがあります.またウイルス感染症一般にみられる多くの症状が出現します。発熱 96%、リンパ節腫脹 74%、咽頭炎 70%、発疹 70%、筋肉痛・関節痛 54%、頭痛 32%、下痢 32%、嘔気・嘔吐 27%など多彩な症状を呈します3)。成人でこのような症状が出現した場合、一般的にはEB(Epstein-Barr)ウイルスやサイトメガロウイルスの初感染が疑われ、血清学的検査が行われることが多いですがもしこれらのウイルスの関与がなかった場合には、伝染性単核球症が疑われる患者の2%は HIV 感染症であるという報告もありHIV抗原・抗体検査を追加することが重要です。

文献2)より転載

 また、HIV抗原・抗体検査は,感染後3週間程度の偽陰性期間(window period)があるため急性HIV感染を疑った症例では2カ月程度経過した段階で、再度、HIV抗原・抗体検査を行うことが望ましいです。一般にその時点で患者は体調が回復していることが多いため、その時期に保健所での匿名・無料検査を受けるよう指導しておくことが最低限必要です4)

国立感染症研究所https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/400-aids-intro.html より転載

 急性HIV感染症を呈さなかった場合や見逃された場合は無症候期に入ります。特別な症状はありませんがウイルスは存在し他人に感染させる可能性があります。この期間は最近短くなり3~5年と言われており、その後にエイズを発症します。しかし、この無症候期にも様々な感染症にり患し医療機関を受診するためその際にもHIV感染を見逃さないようにすることが重要です。
HIV 感染症早期発見のポイントとして以下のものがあげられています。

文献5)を参照

 このような患者を診療したときはHIV感染症の無症候期を疑い患者にHIV検査を受けるように説得する必要があります6)。HIV 患者はその免疫学的状況にかかわらず 80%前後が耳鼻科領域になんらかの症状を呈すると言われ耳鼻科でのHIV発見例も多く報告されています。HIV 患者が耳鼻科領域に症状を呈する頻度は、口腔カンジダ症(エイズ指標疾患のひとつ)を 30–90%に、頸部リンパ節腫脹は約 70%の患者に認められます。耳鼻科外来での代表的な診療疾患である副鼻腔炎・アレルギー性鼻炎は耳鼻科を受診した HIV 患者の 70%前後に認められます。若年(18–35 歳)の HIV 患者においては約2 倍前後の罹患率で突発性難聴を認めるとの報告 もあり、耳鼻科外来はHIV 患者と密接なつながりのある診療科といえます7)
 抗HIV療法によってHIV感染症の予後は大きく改善し、さらに最近、長時間作用型注射薬が開発されました。患者への負担が少ない1カ月投与間隔または2カ月投与間隔の2剤併用療法で、内服の必要が無くなりました8)。しかし、我が国においては診断の遅れと捕捉率の低さが大きな課題となっており、一般診療のなかでの早期診断が求められています。日常診療において、様々な感染症のなかに隠れている多くのヒントを参考にしながらHIV感染症を疑って検査を行うことが重要です。
 ちなみに菊池保健所でも無料のHIV検査が可能です。検査日が決まっていますので必ず電話(0968-25-4138)で確認してください。


令和4年10月25日
菊池中央病院  中川 義久

参考文献

1)山元 泰之:HIV-1感染症と性感染症-健診とセクシュアルヘルス- . 日本総合健診医学会 2011 ; 38 ; 35 – 47 .
2)高折 晃史:HIV-1感染症 / エイズ診療の現状と未来 . 天理医学紀要 2012 ; 15 ; 1 – 14 .
3)金田 敬子:口腔・咽頭に関連する性感染症 . 日耳鼻 2015 ; 118 ; 841 – 853 . 
4)小川 拓:性感染症をHIV感染症の早期診断に結びつけるために . 日内会誌 2018 ; 107 ; 2269 – 2275 .
5)松下 修三:人類はエイズを克服できるか?. 日内会誌 2018 ; 107 ; 1640 – 1647 .
6)今村 顕史:HIV感染症. 日内会誌 2017 ; 106 ; 2320 – 2325 .
7)平井 由児:ウイルスと悪性腫瘍~耳鼻科領域で判明する HIV 感染症 . 耳鼻感染症・エアロゾル2015 ; 3 ; 65 – 69 . 
8)HIV感染症の新しい治療法である注射薬について(ボカブリア®) https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/series/drug/update/202207/575806.html