ダニ刺傷にご注意
人を刺すツメダニ、イエダニ、マダニのうち、イエダニとツメダニは室内で発生するダニで、一方マダニは、野外で発生するダニです。室内にいるイエダニ、ツメダニは体長0.3~1.0mmほどの小さなダニで、刺されると1週間ほどしつこいかゆみが続きますが、特別な感染症を媒介することはあまりありません。それに対してマダニは屋内のダニに比べて10倍ぐらい大きく、体長3~10mmの野外にいる大型のダニで、草むらや樹木などで野生動物を待ち伏せして寄生し人にも取りついて吸血します。日本には山野や畑の周囲、河川敷などを中心に50種類近くのマダニが生息しています。近年、野生動物の生息域拡大などで市内の公園などでも生息していることが確認されています。
文献1)より転載
太ももや陰部、わき腹などに移動し、時間をかけて吸血します。吸血中、マダニは麻酔用物質を含む唾液を注入するため、刺されていてもかゆみを自覚しにくく、刺されていることに気付かないことも多いです。7日間ほど吸血して満腹になると、自然に脱落しますが、その後かゆみ、灼熱感、痛みなどの症状が残ることがあります。吸血を介して日本紅斑熱、ライム病、ダニ媒介性脳炎、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)などの感染症を媒介することがあります1)。
文献2)より転載
表に示す如く、多くの感染症がダニ刺傷で起こることがわかります2)。我が国では特につつが虫病と日本紅斑熱が代表的で両者は感染症法に基づく全数届出の四類感染症として、報告数で常に上位を占めています。また、いずれも診断、治療の遅れなどで重症化や死に至る可能性があり、注意すべき疾患です。
文献2)より転載
1952年から2,012年までのつつがむし病と日本紅斑熱の報告数の推移です2)。日本紅斑熱の患者発生は関東以西の比較的温暖な太平洋側と一部日本海側に集中していますが、症例数が近年急増し、その原因は不明ですが千葉以西の太平洋岸を中心に報告が増加しています2)。日本紅斑熱とつつがむし病は高熱(38~40度)や倦怠感、頭痛、悪寒を伴い、米粒大から小豆大の赤い発しんが現れますが、かゆみや痛みを感じないのが特徴、と臨床症状が似ていますが、日本紅斑熱は、マダニ類に刺された後、2~8日位、つつが虫病は、ツツガムシに刺された後、10~14日位で発症し、日本紅斑熱の方が潜伏期が短く、さし口が小さく見つけにくい、発疹が体幹より四肢に多い傾向があるなどの特徴があります。また、つつがむし病より重症化しやすく、当初よりテトラサイクリン系抗菌薬とニューキノロン系抗菌薬の併用が奨められています3)。
さて、吸血中のマダニを発見した場合はどうしたら良いのでしょうか?すぐ自分で抜去したくなりますが、吸血のため皮膚に刺入する口下片は鋸歯状の構造をしていること、またマダニから分泌される唾液腺物質によって周囲が徐々に固められるため、刺されて3日以上経過するとマダニは抜けにくくなります1)。マダニが何らかの病原体を保有していた場合、唾液腺物質を注入する際に感染症を媒介することがありますが、その発症確率は極めて低いため、発熱がなく、全身状態に問題がなければ、緊急性はなく、夜間救急を受診することは避けてもらいたいところです1)。しかし、自分で吸着したマダニの腹部を指や棘抜きなどで不用意につまむと、体液成分が皮膚内に逆流することになり、マダニの感染病原体を注入することになります。最も確実な方法は、皮膚科を受診して、局所麻酔で皮膚ごと切除することです1)。麻酔を使わない手軽な方法としては、先端の尖ったピンセットで、マダニの顎体基部をはさんで、ゆっくり引き抜く方法があります1)。ペット用として販売されているティック・ツイスターなどマダニ除去用の器具を使う方法もあり、慣れると比較的簡単に除去可能です。
1000円以下でした。うまく抜去できたらダニの口下片を確認する必要があります
文献1)より転載
抜去したダニの口下片がなかったら皮膚内に残存している可能性があります。そのまま放置すると肉芽腫が形成され大きく切除しないといけない場合があるので注意が必要です4)。
ダニ刺傷の問題として感染症や抜去後の肉芽腫のみではありません。近年、マダニ刺傷が原因と考えられる牛肉や豚肉などの獣肉による遅発型の蕁麻疹やアナフィラキシーが報告されています。この原因はマダニ刺傷後にマダニの唾液の糖鎖galactose-α-1.3-galactoseに対するIgE抗体が上昇し、それに伴い牛肉アレルギーが誘発されると報告されています。フタトゲチマダニが媒介する日本紅斑熱の多発地域と獣肉アレルギー患者の居住地が一致していることも報告されています5)。このアレルギーの興味深い点は症状発現が牛肉摂取後3時間以上と長い時間が経過してから出現することと、血液型のAとO型の人にのみ発現することです。この獣肉アレルギーはダニに刺されないように努力することで軽快していくようです6)。
夏休みになって山に入って虫取りをしたり、キャンプをしたりすると多くなるのがダニ刺傷です。ダニに刺されないようにする方法は、生い茂った場所に座らない、つま先の閉じた靴を履く、長袖、長ズボンの服を着る、草の生い茂った道は避ける、着用した衣服は、数日後にお湯で洗濯する、DEETを含む忌避剤を適切に使用する、などです。
なお、本邦ではダニに刺されたというだけで感染症予防に抗生剤(ミノサイクリンなど)を服用することは推奨されていません。
https://mainichi.jp/premier/health/articles/20190516/med/00m/100/001000c より転載
外国にはダニ刺傷注意!という看板があるそうです。
令和4年8月19日
菊池中央病院 中川 義久
参考文献:
1)気付かぬうちに吸着し、吸血して視認可能な大きさに . 時流 . マダニ刺傷
https://www.m3.com/clinical/news/1067481?portalId=mailmag&mmp=WE220810&mc.l=886490171&eml=cf17aa86db3b89b431caacb71de152cb
2)岸本 寿男ら:我が国におけるダニ媒介性感染症の多様性 . 日本内科学会雑誌 2015 ; 104 ; 2011 – 2019 .
3)小川 基彦:つつがむし病と日本紅斑熱 . 感染症 Today ラジオ日経 2017年9月27日http://medical.radionikkei.jp/kansenshotoday_pdf/kansenshotoday-170927.pdf
4)廣谷 太一ら:マダニ刺咬症による異物肉芽腫の幼児例 . 日小外会誌 2018 ; 54 ; 1369 – 1373 . 5)矢上 晶子:成人の診療の最新の進歩(OAS・FDEIA・その他) . アレルギー 2019 ; 68 ; 1174 – 1179 .
6)千貫 祐子:経皮感作から始まる成人食物アレルギーの予後 . アレルギー 2019 ; 68 ; 24 – 28 .