淡水で経皮感染するレプトスピラ症

淡水で経皮感染するレプトスピラ症

 新型コロナのオミクロン株の感染蔓延のなかでも行動制限のないこの夏はみなさんどう過ごされるでしょうか?休暇中や休暇後に体調が悪化したらまず新型コロナ感染を疑うのは当然のことでしょう。ただ、新型コロナウイルスPCRが陰性である時にただの風邪と診断して良いのでしょうか?もっとも、新型コロナウイルスPCRの感度が70 ~ 90 % と言われているので1回の検査で新型コロナウイルス感染を否定することはできません。夏の休暇で通常の生活と異なる旅行やレジャーは、通常罹らない感染症に罹患する危険が高くなります。夏になると増加する感染症の一つがレプトスピラ症です。
 レプトスピラ症は従来、秋に田んぼに入って感染する秋病み病として知られていましたが、衛生環境が改善し、農業の機械化、作業者の長靴、手袋着用など、経皮感染の機会が減少したことでその発生は減少しました。しかし、近年、河川でのレジャーによる発生が増えています。2000 年、ボルネオ島で開催された冒険レースでは、レプトスピラの集団感染が起こり、日本からの参加者からも多くの発症者が出ました。それに加えて、近年、都市部での感染が増加してきており、これは,都心に生息するネズミがレプトスピラを保有しておりネズミの尿などで汚染された水などを介して感染する機会が増えたためと考えられています1)

レプトスピラ菌の電子顕微鏡写真

国立感染症研究所から引用
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/531-leptospirosis.html

 レプトスピラ菌は、微好気もしくは好気的な環境で生育するスピロヘータで、中性あるいは弱アルカリ性の淡水中、湿った土壌中で長期間生存することができます。本菌は血清型で分類され、ヒトや動物に病気を起こす病原性レプトスピラ(Leptospira interrogans など 9 種)、環境中にのみ生息する非病原性レプトスピラ(L. biflexa など 7 種)、そしてその中間型(5 種)の 3 群に分けられています。病原性レプトスピラは人獣共通感染症で、ヒト以外に 120 種以上の動物(哺乳類,爬虫類,両生類など)から分離されています。動物のレプトスピラ症の症状はその種により異なり、例えば牛では発熱や乳質低下、流産などがあり、馬では眼炎、羊では急性腎炎など多様です。犬、猫にも感染し、ペットから人への感染も起こりえます2)。本感染症はさかむけなどのわずかな創から経皮感染し、また経口感染もします。したがって洪水で山の獣が排出したレプトスピラ菌が従来存在しなかった都会に流出して、一見、きれいな水に見えても体を洗ったり、手洗いが不十分だと本菌に感染する可能性があります。また、巻き上がった塵埃の経口感染もありえます。

Archive for the ‘ハワイの自然’ Category より参照

http://www.alohaainaecotours.com/wordpress/?cat=12&paged=39

 ハワイのある島では蛇退治のため飼育したマングースが増殖し、そのマングースが多くレプトスピラを保菌し、自然界が広く病原性レプトスピラに汚染され、水遊びをしないように各所に看板がたててあるようです。グアム島での発症例も報告されており。2000 年に行われたアスレチックイベント(ジャングルを舞台に水泳、マウンテンバイキング、ジャングルトレッキングを行う)で参加者 105 名のうち 3 名がレプトスピラ症を発症した報告もあります3)
 本感染症は症状が非特異的で、感染したきっかけも自覚しにくく、本感染症はその重大さや緊急性が正当に認識されておらず、専門家のあいだでは「neglected disease」とよばれています1)。レプトスピラ感染症の症状は重症から軽症までさまざまですが、2~16 日(通常は5~ 10 日)の潜伏期ののち、悪寒戦慄を伴う突然の高熱、全身倦怠感、筋痛(腓腹筋圧痛が特徴的)、消化器症状(食欲不振,嘔吐,下痢,腹痛)、眼球結膜充血、頭痛(眼周囲痛を伴う)、関節痛など多彩な症状を呈して発症します(第1 期)。この病期には血液からレプトスピラが分離されます。続く第2 期には黄疸が出現します。血液生化学検査上は、直接ビリルビン優位のビリルビン高値を認めますが、肝逸脱酵素(ALT, AST など)の上昇は軽度です。腎障害を伴うと、タンパク尿、潜血尿が出現します。腎不全まで進行した場合には乏尿もしくは無尿となり、無治療のままでは死に至ります。また、肺出血(喀血,呼吸不全)、消化管出血(吐血)などの出血傾向も認めます。ただし、多くの場合、高度血小板減少、凝固異常、播種性血管内凝固症候群(DIC)を伴わないことが多いとされています。髄膜炎を伴う場合には、激しい頭痛、不穏、せん妄、項部硬直などを認めます。髄液からはレプトスピラが分離されます。心筋炎が起こると不整脈を認めます。このように多彩な症状を呈し、当初からレプトスピラ感染症を疑うことは困難と考えられます。
 本感染症の迅速診断としてのELISA 法は現時点では確立されたものではなく、確定診断に用いられる MAT (Microscopic agglutination Test ) 法や PCR法も限られた施設でしか実施できませんが、保健所に連絡すると測定できる場合があります。診断特性は血清 MAT 法が感度 49.8%,特異度 98.8%、血清PCR 法が感度52.7%、特異度 97.2%と報告されており4)、さらに血清 PCR法においては 6 日以内が感度 86%,7 日以降が感度34%と急性期の方が感度が高いといわれています4)
 治療薬はドキシサイクリン以外に、ペニシリン系、セフトリアキソンなどの第三世代セファロスポリン系といった臨床的に使用頻度が高い抗菌薬が有効とされています4)。本感染症で有効な抗菌薬が開始されたのちにヤーリッシュヘルクスハイマー反応という事がおこることがあります。本反応は、梅毒やレプトスピラ症に対して抗菌薬投与開始後 6 時間以内に起こる反応で、突然発症の発熱、悪寒、ふるえ、血圧低下、呼吸状態悪化などの症状を引き起こすもので、典型的には24時間以内に改善します5)。死亡した菌体から遊離された物質への免疫反応と考えられています5)
 欧州では異常な高温が持続し、川で泳ぐ映像などがテレビでみられますが、海水と異なり淡水での遊泳はレプトスピラ感染の危険があるという事に留意すべきです。

令和4年8月10日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献:

1)夏に増加する軽皮感染症のレプトスピラ

2)齋藤 光正:レプトスピラ感染症~ワイル病病原体発見から百年~ . 日本細菌学雑誌 2014 ; 69 ; 589 – 600 .
3)藤田 裕晃:グアムから初めて輸入されたレプトスピラ症の 1 例 . 感染症誌 2017 ; 91 ; 968 – 971 .
4)小池 洋平ら:急性期の髄液 PCR が診断に有効であったレプトスピラ症の 1 例 . 感染症誌 2020 ; 94 ; 193 – 197 .
5)深野 賢太朗ら:抗菌薬投与後にヤーリッシュヘルクスハイマー反応を来した Weil 病の 1 例 . 日救急医会関東誌 39(3),2018年 351 – 354 .