待たれる抗サイトメガロウイルスワクチン

待たれる抗サイトメガロウイルスワクチン

 新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)は大半が軽症で自然経過しますが、ごく一部の人が重症化し時には死亡することもある感染症です。そこでこの厄介な感染症の症状の個人差や年齢差について、研究が続けられています。COVID-19では、高齢者が重症化しやすいことから加齢によるリスクファクターがあると考えられています。しかし、その実態は必ずしも十分に理解されていません。一般的にウイルスに対する免疫応答はT細胞が中心的な役割を果たし、ヘルパーT細胞とキラーT細胞が協調して働くことが、新型コロナウイルスの制御と排除に重要であると考えられています。高齢者はキラーT細胞において、ナイーブ型T細胞が若齢者に比べて有意に少なく、増殖能を失い最終分化した細胞や組織傷害をおこす可能性のある老化したT細胞の数が多いことが分かっており、これが高齢の患者で重症化しやすい理由の一つである可能性が考えられています1)
 近年、サイトメガロウイルス(以下CMV)などの潜伏感染ウイルスへの感染が、T細胞の構成を大きく変化させることが知られてきて、またワクチン効果にも影響するという報告があります。CMVは健常な人でも多くの人が感染しているウイルスであり、このウイルスに感染しているか否かが、新型コロナウイルスに対するT細胞の応答性にも影響を及ぼす可能性を考えて研究が行われました2)

 (NP ; naïve phenotype , CM ; central memory , EM ; effector memory , TEMRA ; terminally differentiated effector memory T cells re-expressing CD45RA )
 若齢者と高齢者から採取した血液のなかから、新型コロナウイルスと反応するヘルパーT細胞を選別し、分化段階の異なる4つの種類(NP、CM、EM、TEMRA)、さらに老化したT細胞に分けました。その結果、両者の間に差がありませんでした。反応ヘルパー細胞は若年者も高齢者も同じでした。

 ヘルパーT細胞と同様に、新型コロナウイルスと反応するキラーT細胞を比較しました。ナイーブ型(NP)キラーT細胞は高齢者で有意に少なく、最終分化したキラー細胞(TEMRA)や老化したT細胞(CD57発現細胞)の割合は多くなりました。

 高齢者ではすべての人で、若齢者ではおよそ半分の人で、CMVに感染していました。そこで、若齢者のうち、CMV非感染者(黄丸)と感染者(緑丸)とで、新型コロナウイルス反応性キラーT細胞の割合を調べた結果、感染者では、より高齢者に近い傾向、すなわち、ナイーブ型(NP)の割合が低下し、最終分化したT細胞(TEMRA)や老化したT細胞(CD57を発現する細胞)の割合が高くなる傾向がみられました2)
 著者らは本研究により、高齢者では新型コロナウイルスに対する免疫応答のうち、ヘルパーT細胞が関与する応答(抗体産生など)と比較して、ウイルス感染細胞を直接殺傷し排除するキラーT細胞の機能低下がより顕著であることが明らかとなりました。高齢の患者で重症化しやすい理由の1つが、反応性キラーT細胞の加齢に伴う変化である可能性と考えました。また、CNVに感染した若齢者の新型コロナウイルス反応性キラーT細胞の表現型は、非感染の若齢者のそれに比べてより高齢者に近かったことから、CMVの感染が、COVID-19の感染を重症化させる可能性があると推論しました2)
 CMVは、ヒトヘルペスウイルス(HHV)の仲間で世界中どこにでも存在する弱毒ウイルスです。HHVは1型から8 型まであります。CMV は、HHVの5型(HHV-5)にあたります。HHV の仲間は、初めての感染を受け症状が消えた後も、長期にわたって体内に潜伏・休眠状態で留まることができるという特徴を持っています。そして、ウイルスによっては病気や薬によって免疫がひどく低下したときにウイルスが潜伏・休眠状態から再び活性化し何らかの症状を現すことがあります。CMV の小児期の感染は無症状か通常の風邪症状で治るので診断されることはなく大半の人が自然に感染し、体内に潜伏させているウイルスで体に害があることはほとんどありません3)。しかし、妊娠中の母親が感染すると、胎児が難聴や脳障害をおこす先天性サイトメガロ・ウイルス感染症がおこり、近年増加傾向にあります。また成人になってCMVに感染すると肝炎を起こしたりして比較的重症化する場合があるので、現在の考え方としては、CMVというほぼ無害なウイルスはできるだけ幼少児期に早く感染しておいたほうが良いという考えが主流でした4)
 今回の研究では若年者がいつCMVに感染していたのか?は記載されていませんが、新型コロナウイルス感染症に関してはCMV感染の既往はマイナス面があるかもしれません。しかし、新型コロナウイルス感染がなお猛威を振るっている現在、私たちが行っている3密対策は幼児のころのCMV感染の機会までを予防することになり、その結果、妊婦が初感染し、先天性サイトメガロ・ウイルス感染症がさらに増加することが予想されます。この事態を想定して現在CMVに対するワクチン研究がすすんでおり、臨床試験も行われ良好な結果が得られています。しかし2009年の報告では5)、まだワクチンの有効性は対象者に比べて約50%程度感染を少なくさせた程度のものでした。しかしその後もワクチン研究は進められ、RNAワクチンを含めて多くのワクチンが臨床研究中です6)。しかしこれらのワクチンはあくまで妊婦さんを対象にしたワクチンであり、生涯のCMV感染症を予防するものではありません。
 現状ではやはりCMVは幼児の頃に無症状感染し、生涯仲良く共生するしかないものと思われます。しかし、このように生涯潜伏感染するウイルスが人間にどのような害をもたらすのか?という研究はもっとすすめてもらいたいと思います。

令和5年5月13日
菊池中央病院 
中川 義久

参考文献

1)免疫老化と新型コロナ感染症( COVID-19 )
2)Norihide J et al ; Aging and CMV infection affect pre-existing SARS-CoV-2-reactive CD8+ T cells in unexposed individuals . Frontiers in Aging
doi: 10.3389/fragi.2021.719342
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fragi.2021.719342/full
3)子供のうちに罹っておきたいサイトメガロ・ウイルス
4)妊婦さん、子供の食べ残し食べないで
5)Pass MD : Vaccine Prevention of Maternal Cytomegalovirus Infection . March 19, 2009
N Engl J Med 2009; 360:1191-1199
DOI: 10.1056/NEJMoa0804749
6)岡田 賢司 :予防/治療ができる小児の難聴とウイルス感染―現状と課題― . 日耳鼻 2020 ; 123 ; 223 – 231 .