致死的上気道炎-メトロニダゾールを使用?ー

致死的上気道炎-メトロニダゾールを使用?

 急性咽頭炎(上気道炎)はその起炎微生物として大半がウイルスおよび、ごく少数が細菌と考えられています。しかし,この 2つの起炎微生物を局所所見のみで的確に鑑別するのは実際には困難で、A 群 β 溶血性連鎖球菌(以下 A 群 β溶連菌)迅速抗原検査または細菌培養検査の結果あるいは血液生化学検査の結果をもとに鑑別するようになります。しかし、日常の診療で急性上気道炎の患者さんにこれらの検査を行うのは非現実的です。

 「微生物薬適正使用の手引き」においては表1に示すごときRed flag がなく、A群β溶連菌の迅速抗原検査または細菌培養検査が陰性の場合には抗菌薬治療が不要であり、Red flag が陽性の場合には精査が必要と記載されています1)。しかし、葛原らのPCRを用いた検討では、細菌単独感染は43.8%、混合感染が10%,ウイルス単独感染が8.8%であり、従来考えられているよりはウイルス感染より細菌感染が多いのではないかと報告しています1)。細菌が関与した上気道感染症の原因菌としてはやはり、A群β溶連菌が約15%を占め、その他,C群およびG群β溶連菌が多く、連鎖球菌群が大半を占めると報告されています2)。したがってペニシリンをはじめとしたβラクタム剤の投与が推奨されています2)。しかし、一部にはβラクタム剤の投与にもかかわらず、病状が進行して致死的な上気道炎3)となることがあり、その一つがレミエール症候群(Lemierre 症候群)です。
 レミエール症候群は抗菌薬の普及により「forgotten disease」と言われるまで発症率は減少していましたが、耐性菌の増加や咽頭炎に対する抗菌薬の使用率が減少したためか、近年になり報告数は増加傾向です。咽喉頭領域の先行感染(多くはいわゆる上気道炎)の後に内頸静脈の血栓性静脈炎を併発し、そこから菌が血中に侵入し菌血症をおこし肺を初めとした全身の膿瘍形成をきたす重症で致死的な感染症です4)。診断基準は確立されたものはありませんが、Sinave の診断基準では ①先行する嫌気性菌による口腔咽頭部の感染 ② 少なくとも1回の血液培養陽性が認められる敗血症 ③ 内頸静脈の感染性血栓症 ④ 1ヵ所以上の遠隔感染巣,の4項目すべてを満たすものとされています5)。レミニール症候群の原因菌の大半はフソバクテリウム・ネクロホラム(Fusobacterium necrophorum)(以下 F.ネクロホラム)という嫌気性菌です。嫌気性菌であるために培養が難しく、もちろん簡易迅速検査もないため今まで上気道炎の原因として考えられることはありませんでした4)。しかし、2015年以降、上気道炎の原因菌として F.ネクロホラムを重要視する論文が相次いで報告され、近年のPCRを用いた単施設の研究ではF.ネクロホラムは若年の咽頭炎の原因菌としてA群溶連菌と同程度の頻度であったと報告されています6)。F.ネクロホラムはβラクタマーゼを産生するものがあり、βラクタム剤を使用する場合はβラクタマーゼ阻害剤との合剤、もしくはカルバペネム系抗菌薬の使用が考慮されます。しかし、最も有効なのはメトロニダゾールであり、口腔内連鎖球菌もカバーする目的でセフトリアキソンとメトロニダゾールの併用がよく用いられます。クリンダマイシンはin vitroでメトロニダゾールより抗菌活性が劣っていたと報告されています6)
 メトロニダゾールは通常あまり使用する抗菌剤ではありませんが、菌体または原虫内で還元されてニトロソ化合物となります。このニトロソ化合物が、嫌気性菌または原虫に対して強い抗菌活性や抗原虫活性を有します。特に嫌気性菌感染には効果を発揮し、クロストリジウム・ディフィシルによる感染性腸炎や破傷風には第一選択として使用されます7)。メトロニダゾールの経口吸収率はほぼ 100%です。そのため点滴静注用は内服困難な症例に適応は限られるとして良いでしょう。メトロニダゾールは抗結核作用があり、低酸素状況になると通常の抗結核薬やキノロンよりむしろメトロニダゾールのほうが抗結核作用が顕著になるそうです。そのため肺炎の診断でメトロニダゾールを使用した結果、結核の診断が遅れてしまった例も報告されています6)。臨床試験では 36.8%と比較的多い副作用が認められていることに注意すべきです。主な副作用は下痢(23.7%)、悪心(5.3%) などで、重大な副作用は中枢神経障害、末梢神経障害、無菌性髄膜炎、中毒性表皮壊死融解症、皮膚粘膜眼症候群、急性膵炎、白血球減少、好中球減少が報告されています。このなかでも稀ですが(頻度不明)メトロニダゾール脳症が特徴的で注意すべき副作用です。疑わないと診断が不可能とされています。
 咽頭痛は救急外来を受診する理由の中で最も多いものの1つで人口10万人あたり毎日69人が受診しているとされています6)。大半がウイルス性で抗生剤は不要と言われてきましたが、PCRによる最近の検討では想定以上に細菌性が多く、F.ネクロホラムを想定するとペニシリン単独ではなく、βラクタマーゼ阻害剤合剤の方が良いかもしれません。

令和4年2月21日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献
1)宇野 芳史:急性咽頭炎,急性扁桃炎の抗菌薬治療を考える―薬剤耐性(AMR)菌時代の適切な抗菌薬治療― . 日耳鼻感染症エアロゾル会誌 2020 ; 83 ; 184 – 192 .
2)山城 清二:成人気道感染症診療の基本的考え方 . 日内会誌 2009 : 98 ; 424 – 428 .
3)内藤 亮:Lemierre 症候群の 1 例 . 日呼吸誌 2011 ; 49 ; 449 – 453 .
4)致死的上気道炎―レミニール症候群―
5)冨岡 亮太ら:当院で経験したレミエール症候群の1例 . 口咽科 2017 ; 30 ; 257 – 260 .
6)岡本 耕:レミニール症候群とkiller sore throat . 日内会誌 2021 ; 110 ; 1803 – 1807 .
7)メトロニダゾール点滴静注