医療関係者のためのワクチンガイドライン2020(その2)―B型肝炎ワクチン
本邦での B 型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus;HBV)感染率は約 1% 程度と推定され、感染者はわが国に 150 万人存在していると考えられています。HBV は環境中で 1 週間以上も感染性を持ち、主に血液による感染や、場合によっては粘液にも分泌され、稀ではありますが経皮的にも感染することがあり、医療従事者等が業務中に感染する可能性のある重要な病原体です。成人が感染した場合には、一部で一過性の急性肝炎を発症するものの、大半は自然治癒します。ただし、急性肝炎を発症した者の 1% 弱は劇症肝炎を発症し、最悪の場合死の転帰をとります。しかも、HBV は一旦感染すると生涯体内から駆除されることなく肝臓内に住み着き、免疫が低下した時に再活性化して重篤な状態になったり突然肝臓がんを発症したりするので HBV は生涯感染しないように注意することが肝要です1)。
今回第3版として改訂された医療関係者のためのワクチンガイドライン2020日本環境感染症学会においてB型肝炎ワクチンの接種のスケジュールなどは以前と同じですが、今回、ワクチン接種歴はありますが、抗体が上昇したかどうかが不明の場合の対処法が図になっています。
このような場合、抗体検査を行い10 mIU/mL 未満の低値の場合は 1 回の追加接種を行い、1~2 ヵ月後に抗体価の確認を行います。10 mIU/mL 以上であれば免疫獲得として終了、10 mIU/mL 未満であればあと 2 回のワクチン接種(=初回と併せると 1シリーズ)後に再度抗体価の確認(1~2 ヵ月後)を行うような指針をたてています2)。
またB 型肝炎ワクチンは現在、2 種類の製品が存在します。遺伝子型 A 由来ワクチン(ヘプタバックス-II、MSD 社製)と遺伝子型 C 由来ワクチン(ビームゲン、KM バイオロジクス社製)です。1 回のシリーズで抗体陽性とならなかった場合は、種類の異なるワクチンを接種することも方法の一つであり、ワクチンを皮内接種することにより抗体陽性率が高くなるという報告があり、一部を皮内接種し、残りを筋注で投与するという試みも一部で行われています。1 回のシリーズは基本的に同一製品で行うことが望ましいですが、2 種類の製品では異なる製品を組み合わせて接種した場合の互換性は確認されており、同一製品が入手できない場合は接種スケジュールの途中でワクチンを変更することも可能と記載されています2)。
1 シリーズのワクチン接種で40 歳未満の医療従事者では約92% 、40歳以上では約 84% で基準以上の抗体価を獲得したと報告され、抗体を獲得した場合、顕性の急性 B 型肝炎の発症は起こさないことが報告されており、その効果は30 年以上にわたって持続すると報告されています。経年による抗体価低下にかかわらずこの効果は持続するため、米国や欧州からは追加のワクチン接種は不要であるとの勧告が出されています。このガイドラインでも同様な方針、つまり1回でも抗体価陽性(10 mIU/mL 以上)が確認されれば以降の抗体価測定は不要であることが記載されています。しかし、英国などは経年後のワクチン追加接種を推進しており、日本肝臓学会評議員らは63%が追加接種を必要と考えています3)。それは抗体価10 mIU/mL未満では肝炎は起こさなくてもB型肝炎ウイルスが体内に侵入してくる可能性があり、それを防止するためには10 mIU/mL 以上の抗体価が必要であると考えているからです。感染症専門医と肝臓専門医の見解の相違ともされています3)。
近年、都会で性感染症を原因とした遺伝子型Aが増加しており、これはより慢性化し易いなどの特徴がありますが、遺伝子型Cで作成されたワクチンで完全に予防できるかという問題はいまだ未解決の問題であり、さらに近年ワクチンエスケープ変異が報告されており、この場合、より高い抗体価が感染防御に必要であることが判明しており4)、B型肝炎ワクチン接種後の抗体価の減衰の問題は今後より詳細な検討が必要と思われます。
令和3年10月1日
菊池中央病院 中川 義久
参考文献
1)B 型肝炎ワクチン 3 回接種後の抗体確認
https://www.nobuokakai.ecnet.jp/nakagawa145.pdf
2)医療関係者のためのワクチンガイドライン 環境感染誌 第35巻 Supplement II S1-S4 令和 2年7月27日発行第3版 一般社団法人 日本環境感染学会 ワクチン委員会
3)田中 靖人ら:日本肝臓学会評議員を対象とした B 型肝炎ワクチンに関するアンケート調査 . 肝臓 2018 ; 59 ; 259 – 263 .
4)山田 典栄ら:首都圏における B 型急性肝炎の変遷:―Genotype A の急増から 10 年を経て . 肝臓 2019 ; 60 ; 139 – 146 .