新型コロナウイルス感染症に伴う嗅覚・味覚障害

新型コロナウイルス感染症に伴う嗅覚・味覚障害

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の代表的な経過として、感染から約5日間(1~14日間)の潜伏期を経て、感冒様症状(発熱、咳、喀痰、咽頭痛、鼻汁等)、倦怠感、嗅覚・味覚異常などが出現し、これらの症状が1週間程度持続するとされます。一部の患者では嘔吐、下痢などの消化器症状を呈することもあれば、無症候のままで推移する感染者もいます。COVID-19の臨床症状の中で、一般的なウイルス感染症と異なり非常に特徴的なものとして、嗅覚障害・味覚障害が挙げられます。

1)嗅覚障害
 新型コロナウイルスによる嗅覚障害の原因として
(1)嗅覚受容体(嗅神経細胞)へのウイルスの直接侵入による細胞・組織
(2)ウイルス感染によって生じた炎症性サイトカインなどによる細胞・組織障害
(3)ウイルス感染部位が周囲組織の細胞死を誘導することによる細胞・組織障害
(4)ウイルス感染による血管障害を起因とする細胞・組織障害
などが考えられます。

さらに障害部位として
1 気導性嗅覚障害
2 嗅神経性嗅覚障害
3 中枢性嗅覚障害
が考えられます。

 鼻腔呼吸部粘膜では、新型コロナウイルスが結合するACE2の発現が多く、ウイルス増殖の場となっていても不思議ではなく、COVID-19嗅覚障害患者の一部では鼻閉や鼻汁などの鼻症状を伴っていたことや、画像検査で嗅裂部の腫脹を認めたことはウイルスによる気導性嗅覚障害を疑わせます。しかし、鼻症状がないにも関わらず嗅覚障害があることや鼻症状が改善しても嗅覚障害のみ続くこと、嗅覚障害のある患者の鼻腔CTで嗅裂の異常を必ずしも認めないことなどを考慮すると、気導性嗅覚障害はごく一部で、嗅神経性嗅覚障害が主体ではないかと推測されています。嗅神経細胞にはACE2の発現を認めないとの報告もありますが、動物感染実験では嗅神経上皮にウイルス抗原を認め、感染はありうると推定されています。嗅神経性嗅覚障害の機序として,多くの機序が考えられますが、COVID-19嗅覚障害患者の多くは2週間以内に改善することから嗅神経細胞の広範な変性・脱落は考えにくく、むしろ支持細胞やボウマン腺が障害されることにより、におい分子の嗅覚受容体での受容が妨げられ、嗅覚障害が起こると推定されます。新型コロナウイルスは髄液、嗅球や脳組織でも検出されること、嗅覚障害の経過中に異嗅症が生じうることから、中枢性嗅覚障害が生じていてもおかしくはありません。このように、新型コロナウイルス感染による嗅覚障害にはいくつかの機序が推測されるものの不明な点が多く、今後の検討が待たれるところです1)
 新型コロナウイルス感染による嗅覚障害は比較的早期(2週間以内)に改善することが多いですが、一部の患者では嗅覚障害が数か月以上も持続します。ウイルス感染後嗅覚障害に対する治療で効果が期待できるものとして、“嗅覚トレーニング”があります。嗅覚トレーニングは神経性嗅覚障害に対していろいろなにおいを嗅ぎ、においを嗅ぐ機会を増やす(回数,頻度)ことで嗅覚機能の改善を誘導することが期待されています1)。また、亜鉛内服も有効という報告がありますが治験例数は少ないです2)。その他、ビタミン剤や漢方薬をすすめるむきもあります3)

2)味覚障害
味覚障害もさまざまな原因が組み合わさった結果と考えられますが、以下の機序が推定されています。

  •  風味障害
     食事の際に、“味”と表現されるものは、純粋な“味覚”ではなく、さまざまな感覚が統合されて得られる感覚ですが、一般的に“食事の味”の異常は“味覚異常”として認識されます。「甘い、塩辛いなどは分かるが、素材の細やかな味、コーヒー、カレー味などの風味が分からない」と訴える場合は、主に嗅覚障害による風味障害ですが、患者さんは「味が分からない」と訴えます。Deems らは、嗅覚低下586人中433人が味覚低下を訴えたが、実際味覚が低下していたのは4%未満であったと報告しています4)。任らの研究でも4)でも感冒後嗅覚味覚異常を訴えた217例中少なくとも77%は嗅覚障害単独と診断されています。嗅覚と味覚は相互に作用し、脳で統合されるため、自覚的な評価として混合しやすく、また検査上でも影響することがあります。
  •  受容器障害
     上述のような風味障害の症状が多く聞かれる中、実際「味噌の風味はするが、塩味がまったくしない」など明らかな味覚の症状を訴える人もあります。味覚障害の障害部位は、受容器と考えられており、嗅覚障害と同様に、発症機序として、ACE2 が、口腔内、特に舌背粘膜に多く存在したという報告がみられます。しかし現時点では、いまだ味覚受容器において ACE2 が SARS―CoV―2 と結合することによってどのような変化が末梢受容器におこるかは解明されていません。
  •  唾液変化
     唾液腺にも ACE2が発現し、SARS―CoV―2 が侵入する際のターゲットとなります。新型コロナウイルスは唾液腺の中に多く存在し、唾液の構成が変化することによって、味覚異常が起こるという説もあり、味覚異常の一要因として考えられます。

  味覚障害も比較的早期に(2週間以内)に改善することが多く、大半は経過観察されますが、亜鉛などを投与されることもあります。また、上咽頭擦過療法が新型コロナ感染症の諸症状に有効である可能性も報告されており今後の検討が待たれます2)6)
 味覚障害も嗅覚障害も大半が比較的早期に改善していきますが、一部の人は後遺症として長期間苦しむことがあります。日本からの報告で、新型コロナから回復した63人に電話インタビューを行ったところ発症から60日経った後にも、嗅覚障害が19.4%、味覚障害が4.8%あり、さらに発症から120日経った後にも嗅覚障害が9.7%、味覚異常が1.7%続いており6)、患者さんの中には味覚・嗅覚障害による食欲低下で栄養障害や精神的な落ち込みのある人もいて、今後医療上の問題となることが予想されます。今後の調査により本邦におけるコロナウイルス味覚・嗅覚障害の実態が明らかになるとともに、新しい治療手段の構築や創薬に向けて情報が蓄積されることが期待されます。

令和3年9月17日
菊池中央病院  中川 義久

参考文献

  1. 上羽 瑠美:新型コロナウイルス感染症と嗅覚障害 . 日鼻誌 2021 ; 60 ; 59 – 60 .
  2. 平畑 光一:新型コロナ後遺症 . 日本医事新法 2021 ; 5078 ; 18 – 26 .
  3. 近藤 健二ら:新型コロナウイルス感染症における嗅覚障害 . 目耳鼻 2021 ; 124 ; 471 .
  4. 任 智美:新型コロナウイルス感染症における味覚異常 . 目耳鼻 2021 ; 124 ; 472
  5. 忽那 賢志:新型コロナウイルス感染症の基礎知識 . 総合検診 2021 ; 48 ; 8 – 16 .
  6. 田中 亜矢樹:慢性上咽頭炎における帯域制限光内視鏡診断と内視鏡下上咽頭擦過療法 . 口腔咽頭科 2018 ; 31 ; 57 – 67 .