究極の善玉腸内細菌―アッカーマンシア菌

善玉腸内細菌―アッカーマンシア菌

近年の DNA 解析の発展と腸内細菌学の確立によって,腸内環境の変化が宿主の生体恒常性維持と密接に関与することが科学的根拠に基づいて明らかにされ始めています。私たちの消化管内には重さにして 1.5 kg、数にして 1014 個以上もの腸内細菌が棲息し、一つのコミュニティーを形成しており、エネルギー代謝異常疾患、免疫疾患や神経系疾患など腸管関連疾患から末梢組織における疾患まで、ある種の腸内細菌が様々な病態と密接に関与することが示唆されています 1)。また、このような腸内細菌と宿主を結びづける実質的な分子実体として、腸内細菌由来代謝物が注目され始め、生体恒常性維持に重要な役割を果たして
いることが示唆されてきました。

アッカーマンシア・ムシニフィラ(Akkermansia muciniphila)は、2004 年に発見された、ヒトの腸内に存在するムチン分解菌であり、肥満、糖尿病、炎症との関連について近年、広範な研究がされるようになってきました。

アッカーマンシア・ムシニフィラは、特に、肥満及び 2 型糖尿病に有効である可能性が注目されています。この細菌は通常はヒトの消化管に 3-5%存在しますが、肥満している場合にはこの比率が低下していることが判明しました。また、同菌を肥満マウスに注入したところ、体脂肪量を半減できることが解りました。

消化管は粘膜がむぎだしになっているわけではなく、ムチンという粘液に覆われており、そのムチンのゲル層は、胃では厚く全面を覆っていますが、小腸では薄く断続的となり、大腸では再び厚く全面を覆るようになります.ヒトの場合、ゲル層の厚さは、胃と大腸では数百 µm から 1 mm 近くになるとされています。アッカーマンシア菌はムチン分解菌ですが、ムチンを産生させる役目もあり、腸内で繁殖すると、腸の壁の厚さが増し、ムチンが増え、糖類が身体に吸収されることが妨げられることにより糖の吸収が悪くなり、痩せる作用があると考えられています2)。また、同時に厚くなったムチンが腸内で発生した炎症物質の腸
内侵入や細菌やエンドトキシンの腸管内粘膜への侵入を防ぐために、同菌の増加は、全身の抗炎症作用があると考えられています。このムチンの存在は食物繊維が不可欠で、欧米の食生活は食物繊維が少なく、食物繊維飢餓という非常事態に際して、さまざまな腸内細菌が、自らの生存のために、生体防御として非常に重要な粘液層を消化しながら粘液層を破壊してしまいます。食物繊維の少ない欧米型の食事はこのような機序で消化管内ムチンを減少させ、アッカーマンシア菌を減少させてしまうのです3)。また、食物の脂肪の種類が、消化器官の他の細菌と比較してアッカーマンシア菌の成長に影響を及ぼすことが解ってきました。マウスで、ラードを摂取群と魚油摂取群を比較してみました。11 週間後、魚油食を摂取した群はアッカーマンシア群及びラクトバシラス属の細菌が増加しましたが、ラード食を与えた群は両者の菌が減少していました。また、このアッカーマンシア菌群が減少したマウスでは炎症反応が亢進していました4)。アッカーマンシア菌が減少する他の物質として抗生剤の投与が知られており、家畜に抗生物質を投与すると家畜が肥満する現象に関連しているのかもしれません5)。また、非吸収性の人工甘味料もアッカーマンシア菌を減少させ、これは長期間の人工甘味量の飲用で肥満が生じることと関連しているのかもしれません。

薬剤でアッカーマンシア菌を増加させるのがメトホルミンで、メトホルミンは血中から便中にぶどう糖を出す作用があり、このぶどう糖を餌にアッカーマンシア菌が増殖し、同薬の血糖降下作用の一部になっていると考えられています6)。アッカーマンシア菌は抗炎症作用や、抗肥満、血糖降下作用のみならず、近年、抗悪性腫瘍剤の PD-1 阻害剤の作用を増強させる作用も指摘されており7)、優れた腸管内の善玉菌であることがわかってきました。

菊池中央院 中川 義久
令和3年3月8日

参考文献

1 ) 向山 弘美:宿主エネルギー代謝制御における腸内細菌と遊離脂肪酸の役割 . オレオ
サイエンス 2019 ; 19 ; 139 – 144 .
2)芦田 久:消化管ムチンを介した微生物と宿主の相互作用 . 化学と生物 2016 ; 54 ; 901
– 906 .
3)金井 隆典:腸内細菌と消化器疾患. 日内会誌 2019 ; 108 ; 1939 – 1945 .
4)内藤 裕二:腸内微生物叢・代謝物ビッグデータをどのように食・食品機能性研究に応
用するか?Functional Food Research 2019 ; 15:4 – 10 .
5)伊藤 裕:腸内細菌と肥満 . 日本内科学会雑誌 2016 ; 105 ; 172 – 176 .
6)内藤 裕二:腸内細菌叢と環境要因. 日本医師会雑誌 2020 ; 149 ; 1537 – 1541 .
7)大坂 利文:抗生物質による腸内細菌叢の変化と生体影響. 腸内細菌学雑誌 2018 ; 32 ;125 – 136 .

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