破傷風トキソイドが品薄状態に
沈降破傷風トキソイド「生研」の製造販売元であるデンカ株式会社および販売元の田辺三菱製薬株式会社から、当該製品の出荷を一時停止するとの発表がありました。現在のところ出荷再開の時期については不明とのことです。代替の沈降破傷風トキソイドの供給はありますが、全体として供給不足になることが予想され、救急・外傷診療の現場において大きな影響を及ぼす可能性があることを日本化学療法学会から報告がありました1)。
破傷風は、破傷風菌(Clostridium tetani) が産生する破傷風毒素により発症する感染症で、 3 ~ 21 日間程度の潜伏期を経て、開口障害や痙笑、嚥下困難等の症状で発症します。重篤な場合は後弓反張や、強直性けいれん、呼吸筋麻痺による呼吸困難や窒息死に至ることもあります。破傷風菌は世界中の土壌中に芽胞の形で存在しており、傷口から侵入した芽胞はその後発芽、増殖して破傷風毒素を産生します。現在も国内ワクチン未接種世代(昭和 43(1968)年から接種開始)を中心に年間 100人以上の患者発生があり、定期接種としてのきちんとしたワクチン接種は重要であり、定期接種年齢外でもハイリスク者の場合には接種しておくことが必要です2)。アメリカでは American College of Surgeons(ACS)が破傷風をおこす可能性があるか否か判定できるように、 創部の性状から基準を作成しています。

文献2)より転載
この感染リスクに応じた破傷風の予防の破傷風トキソイドと抗破傷風ヒト免疫グロブリンの投与推奨を発表しています。

(TId : 破傷風トキソイド、TIG : 抗破傷風ヒト免疫グロブリン)文献2)より転載
破傷風抗毒素抗体価は約 10 年で発症防御レベルを下回るといわれているため、 過去の予防接種の有無、 最後の予防接種時期を確かめることが重要です。過去の予防接種から10 年以上経過している場合は破傷風トキソイドワクチンの追加接種が必要となります。破傷風の感染免疫は能動免疫であるトキソイドのみから得られるためこのトキソイドの品不足は外傷医療での大きな問題となっています。破傷風に対する抗生剤としては欧米では以前からメトロニダゾール( MNZ )静注(500mg×3~4/日,7~10 日間)が一般的であり、WHO も MNZ の使用を推奨しています3)。しかし、MNZ投与による破傷風の予防効果については今回検索した論文では記載がなく、むしろ傷の中に異物があると有効な抗生剤を投与していても破傷風を発症したという報告もあり4)、抗生剤の早期投与より局所の十分な洗浄や異物除去の方が重要と思われます。20分で判定する破傷風免疫抗体迅速検査キットを用いた破傷風の免疫を調べる検討では5)、感度66.7%,特異度97.1%,陽性的中率97.4%で、やや偽陰性が多い結果でした。しかし破傷風トキソイドが品薄になっている現状では考慮に値する方法かとも思われました。
日本救急医学会は創傷処置の原則である、創部の洗浄・デブリドメントを、これまで以上に厳重に実施することを緊急声明しています。
令和7年7月29日 菊池中央病院 中川 義久
参考文献
1)日本化学療法学会 沈降破傷風トキソイド「生研」の出荷停止についてhttps://www.chemotherapy.or.jp/modules/important/index.php?content_id=34
2)少しでも迷ったら破傷風トキソイド筋注
3)日常的な土いじりは破傷風のリスクファクター
4)平松 有ら:抗菌薬投与中にもかかわらず、創部に遺残した異物からClostridiumtetani が分離された破傷風の1例.日集中医誌 2016;23:167 – 169 .
5)佐々木 亮ら:本邦における破傷風予防の検討-Tetanus Quick Stick の有用性について . 日外傷会誌 2012 ; 26 ; 314 – 318 .
6)沈降破傷風トキソイド「生研」の出荷停止について
https://www.jast-hp.org/pdf/20250714.pd