マイコプラズマ感染の合併症

マイコプラズマ感染の合併症

 マイコプラズマは、ウイルスなみに小さい微生物です。マイコプラズマは、細菌に見られる細胞壁を持たず、そのため形が整っていません。いろいろな形が見られます。また細菌の細胞壁の合成を邪魔することによって効く種類の抗生物質(たとえば、ペニシリン)は無効です。マイコプラズマは、ウイルスのように他の生物の細胞の力を借りて増殖するのではなく、細菌と同様に自分の力で増殖します。マイコプラズマは、ウイルスと細菌との中間に位置する微生物です。ヒト由来マイコプラズマは現在12種知られていますが明らかな病原性が確認されているのは肺炎マイコプラズマのみです。他には、尿道炎や子宮頚管炎を起こす性感染症の病原体として、Mycoplasma hominisとUreaplasma urealyticumとが知られています1)
 マイコプラズマ肺炎は、肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)を病原体とする呼吸器感染症です。感染経路は、飛沫感染による経気道感染や、接触感染によって伝播すると言われています。感染には濃厚接触が必要と考えられており、保育施設、幼稚園、学校などの閉鎖施設内や家庭などでの感染伝播はみられますが、短時間の曝露による感染拡大の可能性はそれほど高くはないと言われています。感染しても95%は軽症の上気道炎症状で改善し、3~5%が肺炎へと進展します。市中肺炎のうち成人では30~40%、15~25歳の若年成人では60~70%を占めるとされています2)。5~9歳が感染のピークです。潜伏期間は2~3週間とインフルエンザやRSウイルス感染症等の他の小児を中心に大きく流行する呼吸器疾患と比べて長いのも特徴です。マイコプラズマ肺炎は 38℃前後の発熱と強い乾性咳嗽を特徴とし,肺炎球菌性肺炎のような膿性痰を伴う重症例は少なく、肺炎であっても一般的には軽症から中等症のため,外来受診のみで治癒する場合も多く,“歩く肺炎”とも呼ばれています。本症の特徴的な症状である咳は、初発症状発現後3~5日より始まることが多く、乾性の咳が経過に従って徐々に増強し、解熱後も長期にわたって(3~4週間)持続します。鼻炎症状は本疾患では典型的ではありませんが、幼児では頻繁にみられます3)
 マイコプラズマ感染症はほとんどが軽症の感染症です。その理由として菌体表面に莢膜(肺炎球菌が保持)やMタンパク(溶血性レンサ球菌が保持)といった抗原性の強い産生物を持たないことが原因と考えられています。このためマイコプラズマ感染後に得られる獲得抗体は弱く数年で低下するため、感染が繰り返し起ることに繋がります。かつてマイコプラズマ感染症は 4 年ごとに流行があったというのはそのためです。しかしマイコプラズマ感染症は軽症でありながら、これまでに20種類に近い合併症が報告されています4)発疹は約9~30%と報告されており発疹の性状は多様で紅斑様、大丘疹、種々の水庖を有する等など極めて多彩です。胸膜炎の合併も本症には多く10~20%とされています。鼻出血が13.9%、その他中耳炎、川崎病など多くの合併症があります。そのなかでも重篤なものとして脳炎があります。マイコプラズマ感染に伴う中枢神経合併症は入院を要した患者では1~10%に認められるとされています5)。脳炎、髄膜炎、小脳失調、多発根炎など多彩な疾患を起こし、多彩な症状が起き得ます。その機序は、マイコプラズマの直接浸潤、neurotokisin の関与、自己免疫の関与などが考えられています。その診断法はまだ確立されていません6)。頭部MRIでの異常検出率は53% で認められたという報告されています7)。治療はマクロライド抗生剤とステロイドホルモンの投与などが行われますが、死亡率9% 、神経学的後遺症34% という報告もあります7)。咳嗽などの気道症状より先に中枢神経症状が出る場合もあり初期治療が遅れる可能性もあります。小児の脳炎のうち5~10%がマイコプラズマが原因といわれています5)
 次に重篤な合併症は心臓合併症です。一般的に感染症で心臓合併症を起こしやすいのはエンテロウイルスなどのウイルス感染で、マイコプラズマ感染に伴う心臓合併症は稀であると考えられていますが、文献的報告では1.0 %~8.5 %に合併し、さほどまれではないとするものもあります8)。子供より成人に合併しやすいと記載されています9)。心筋炎、心外膜炎、心内膜炎のいずれも起こり得ます。その機序は自己免疫機序やマイコプラズマの心筋への直接浸潤などが想定されていますが正確には解っていません。ただマイコプラズマの重症度は過剰な免疫応答の結果と考えられており自己免疫機序の関与が濃厚と考えられます。治療はマクロライド抗生剤や免疫グロブリン点滴投与などが行われ、おおむね良好ですが、診断がつかないまま拡張型心筋症の診断で若者の急死の原因になりうると記載されています9)。ちなみに心筋炎をおこしたマイコプラズマ感染症で肺炎像を呈していない場合もあり診断の遅れになる可能性があると言われています9)
 次に重篤な合併症は血栓塞栓症です。実際の頻度は不明ですが、Chenらがマイコプラズマ感染に合併した血栓塞栓症の49例を報告しています10)。平均年齢は7.9 歳で、血栓部位は肺動脈67.3 %、肺静脈10.2%、心臓 16.3%、脳血管18.4%と肺血管が77.5%と多数を占めました。D-dimae は42.8%で陽性でした。特記すべきはループスアンチコアグラントが74.3%に陽性になったことでした。死亡例はありませんでしたが、1例に片麻痺の後遺症が残ったそうです。
 近年、マイコプラズマのマクロライド系抗生剤への耐性化が進んでおり、中国では90%以上が耐性化していると言われています11)。その臨床像はマクロライド感受性よりより難治性で重症化すると言われています。さらにZhouらは235人のマイコプラズマ感染の入院患者を分析し、マクロライド耐性の感染者は、肺外合併症が多く29.6%(vs 10.3%)に認められ、心臓血管系24.6%(0%) 中枢神経系6.6%(0%) と重篤な合併症も多く発生していました。この合併症の多さは、菌の毒性が増したのか?治療が長引いた結果なのか?はわからないとしています。
 マイコプラズマ感染症は大半が軽症感染で済むとはいえ、多くの合併症があり、特に成人では早期診断と早期治療が求められます。当院ではクイックチェイサーMyco という抗原検査キットを使用しています。判定時間は15分です。この抗原検査キットは従来からあるイムノクロマト法に写真の現像技術を応用した銀増幅反応により、感度を向上させたキットで最小検出感度2.8×106copies/mLでPCRと比較して陽性一致率82.1%陰性一致率100%という優れたデータを示しています12)

令和6年10月23日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

1)中村 良子:病院感染を起こす代表的な微生物(感染経路と病原性) マイコプラズマ(解説) . 環境感染 2000 ; 15 suppl ; 53 – 55 .
2)大島 匠平ら:新規マイコプラズマ抗原検査キット―プロラスト®Myco . 生物試料分析 2015 ; 38 ; 303 – 308 . 
3)マイコプラズマ感染で意識障害
4)山口 正志ら:マイコプラズマ肺炎の合併症に関する検討 . 感染症誌 1980 ; 54 ; 173 – 179 .
5)金森 透ら:マイコプラズマ脳炎・脳症8例の検討 . 脳と発達 2018 ; 50 ; 50 – 54 .
6) Guleria R et al : Mycoplasma pneumoniae and central nervous system complications: A review .J Lab Clin Med 2005 ; 146 ; 55 – 63.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022214305001216
7)Daxboeck F : Diagnosis, treatment, and prognosis of Mycoplasma pneumoniae childhood encephalitis: systematic review of 58 cases . J Child Neuro 2004 ; 19 ; 865 – 871 .
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15658791/
8)Park IH : A Case of Acute Myopericarditis Associated With Mycoplasma Pneumoniae Infection in a Child . Korean Circ J. 2012  ; 42 ; 709 – 713 .
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23170101/
9)Radaelli M et al : Mycoplasma myocarditis presenting with sustained SVT and acute heart failure without signs of myocardiocytolysis and extra‐cardiac disease .Clin Case Rep. 2024 May 7;12(5):e8851. doi: 10.1002/ccr3.8851
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11077204/
10)Chen L et al : Thromboembolic complications of Mycoplasma pneumoniae pneumonia in children . First published: 19 January 2023 https://doi.org/10.1111/crj.13584
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/crj.13584
11)Zhou Y et al : More Complications Occur in Macrolide-Resistant than in Macrolide-Sensitive Mycoplasma pneumoniae Pneumonia . Antimicrob Agents Chemother. 2014  ; 58 ; 1034 – 1038.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3910883/
12)古賀 稔:感染症領域のPOCT機器・試薬の変遷 . 生物試料分析 2019 ; 42 ; 187 – 193 .