増加しているメトロニダゾール脳症

増加しているメトロニダゾール脳症

 メトロニダゾール(MNZ)は嫌気性菌および原虫に抗菌活性をもち1961 年より腟トリコモナス症の治療薬として国内で承認されました。その後徐々に適応が拡大され、現在は中枢神経移行性のよさから脳膿瘍や嫌気性菌感染による肝膿瘍、骨盤内炎症性疾患、クロストリジウムディフィシル腸炎、ヘリコバクター・ピロリ感染症などに主に使用されています。本邦でも長年にわたって使用されてきた歴史のある抗微生物薬です。
 その作用機序は、細菌や原虫などが生命活動を行うためには、遺伝情報が刻まれたDNAが必要ですが、MNZは細菌や原虫などの病原微生物に取り込まれた後、還元反応を受け、ニトロソ化合物という物質に変換されます。このニトロソ化合物は細菌や原虫に対して、抗菌作用及び抗原虫作用をあらわします。また反応の途中でヒロドキシラジカルという物質が生成され、この物質がDNAを切断することで細菌や原虫の生命活動を阻害する作用をあらわします1)
 MNZは古い薬剤ですが、なお現在も使用されているのは他の抗菌薬が耐性である嫌気性菌に本邦では耐性菌が存在しないことです。したがって嫌気性菌感染症の切り札として致死的な上気道炎であるレミエール症候群(Lemierre 症候群)2)や、治療に難渋する腹部の嫌気性菌感染症や脳膿瘍などに使用され、腹腔内感染症・骨盤内炎症性疾患に対して、セフトリアキソンとの併用により有効率 96.7%、菌消失率 100%と高い治療効果が認められています3)またクロストリジウム・ディフィシルによる感染性腸炎に対しては日本化学療法学会のガイドライン4)では、初発かつ中等症まで 第一選択とされています。メトロニダゾール点滴静注の意外な適応として破傷風があります5)。破傷風は現在でも発症すると予後不良な疾患です。従来から日本ではペニシリンが使われてきましたが、欧米ではMNZが推奨されており、ペニシリンよりMNZ治療のほうが死亡率が低かったという報告もあります6)。その理由としてペニシリンは神経のGABA受容体の拮抗薬で破傷風毒素の毒性を高める可能性があることが推測されています。
 MNZの経口吸収率は良好で点滴静注薬の出番は経口が出来ない人に限られてくると思われます。

 経口抗菌薬の吸収率(bioavailability)文献7)より転載。MNZは100%と記載されています。
 MNZの副作用は 36.8%と比較的多い副作用が認められていることに注意すべきです。主な副作用は下痢(23.7%)、悪心(5.3%) などで、重大な副作用は中枢神経障害、末梢神経障害、無菌性髄膜炎、中毒性表皮壊死融解症、皮膚粘膜眼症候群、急性膵炎、白血球減少、好中球減少が報告されています1)。このなかでも稀ですが(頻度不明)メトロニダゾール脳症が特徴的で注意すべき副作用です。疑わないと診断が不可能とされています。症状は加藤らの報告8)では(n=34)構音障害24 例(70.6%)、失調21 例(61.8%)が多く、次いで歩行障害9 例(26.5%)、嘔気8 例(23.5%)でした。重篤なものとして意識障害が5 例(14.7%)に認められていました。診断に至った画像検索はMRI T2 強調像19 例(55.9%),FLAIR 画像17 例(50.0%,T2 強調像と合わせて82.4%),拡散強調像11 例(32.4%)でいずれも異常な高信号域を認められていました。

文献9)より転載

 メトロニダゾール脳症は近年増加傾向にあるとされ、総投与量と投与期間が発症リスクになるとされています。症状出現までの総投与量、投与期間は症例間で幅が大きく、国内34例を解析した報告では総投与量平均95.9 g(範囲3~367.5),投与期間平均61.3日(範囲2~210)でした8)。しかし腎機能低下例や肝機能低下例ではより少量で起こるとされ、投与量3 g、15 gで発症したという報告もあります8)。本症は薬剤中止で症状も画像所見も改善すると言われていますが、不可逆的とする報告もあり注意が必要です10)
 MNZはクロストリジウム・ディフィシルによる偽膜性腸炎やピロリ菌の2次除菌などで一般医家も使用する機会の多い抗生剤ですが、この特有な副作用を知っておく必要があるものと考えます。

令和6年10月15日
菊池中央病院   中川 義久

参考文献

1)抗菌薬適正使用 生涯教育テキスト(第3版)日本化学療法学会発行 2020年 pp171 – 176 .
2)致死的上気道炎-メトロニダゾールを使用?ー
https://nobuokakai.ecnet.jp/info/topic/2258/
3)三鴨 寛繁:静注用メトロニダゾールによる嫌気性感染症の治療 . 感染症today 2015年1月7日 .
4)大西 健児ら:JAID/JSC 感染症治療ガイドライン 2015 ―腸管感染症― . 日本化学療法誌 2015 ;63:31 – 65 .
5)メトロニダゾール点滴静注
6)進藤 達哉ら:メトロニダゾール点滴静注による治療が奏功した破傷風の1例 . 感染症誌 2017 ; 91 ; 576 – 579 .
7)村上 哲雄:薬剤耐性菌対策と抗菌薬適正使用 . 日内会誌 2020 ; 109 ; 532 – 539 .
8)加藤 英明ら:メトロニダゾール誘発性脳症 2 例の症例報告および国内 32 例の文献的考察 . 感染症誌2015 ; 89 ; 559 – 566 .
9)メトロ二ダゾール脳症のMRI画像所見のポイント
https://xn--o1qq22cjlllou16giuj.jp/archives/40822
10)上平 遼ら:心停止蘇生後の遷延する意識障害の原因としてメトロニダゾール脳症が疑われた1例 . 日集中医誌 2023 ; 30 : 411 – 412.