マイコプラズマ肺炎が急増 大流行した8年前以来の水準に

マイコプラズマ肺炎が急増 大流行した8年前以来の水準に

 発熱や長引くせきといった症状が特徴で、子どもが感染することの多いマイコプラズマ肺炎の患者が急増していて、大流行した8年前以来の水準となっています。
専門家は「今後、さらに拡大するおそれもあり、基本的な感染対策を行ってほしい」と呼びかけています(08月23日 NHK news )。

東京都感染症情報センターより引用

https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/mycoplasma/mycoplasma/

 図は東京都のデータですが、今年の25週目(5月頃)より急に報告が増えています。
この感染増加の理由は新型コロナウイルス対策で患者が減り、免疫を持たない人が増えたことが原因と考えられます。
 報道の影響もあり、外来でしばしば「マイコプラズマ感染症ではないですか?」と質問を受けることがあります。しかしマイコプラズマ感染症の診断は難しいのです。コロナやインフルエンザのように迅速診断キットはあります。しかしこのキットは感度が悪く、20~30%程度で、この数字は小児を検討したもので成人はもっと低い感度であることが予想されます1)。M. pneumoniaeは下気道の線毛上皮細胞で増殖するため、上気道の菌量は下気道の約 1%以下であり1)いずれのキットも咽頭拭い液を検体として測定することから、偽陰性は仕方がなく迅速抗原診断キットは参考程度にとどめるべきであると考えられています。ただ検体採取部位の検討では咽頭後壁の方が口蓋扁桃より検出感度が優れているという報告もあり、検体採取法にも注意が必要です2)。大きな病院、例えば大学病院などでは気道分泌物を検体とした Real time PCR 法を用いた検査法は培養検査より検出率が高く、診断精度としては最も良い方法と思われますが機械が高価で一般病院での普及は難しいのが現状です。PCRの欠点を改良したLAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法が開発されました。LAMP の測定原理は、マイコプラズマのゲノム内に存在する特異的遺伝子配列を標的としたプライマーを設計し、鎖置換活性を有する DNA 合成酵素との組み合わせにより、従来の Real-time PCR 法よりも迅速に標的遺伝子を一定温度下で増幅し検出する方法です3)。LAMP法は感度・特異度もPCR法と同等の優れた検査法ですが、一般病院では外注検査であり判定に3~5日を要するため外来診療で普及するには至っていません。
 血清診断としてはわが国ではPA法が用いられることが多いです。その理由は主にIgMが測定されるため、感染後1週間程度で上昇し、2~6週間程度でピークに達します。そのため一般には急性期を捉えやすいPA法の方がCF法に比べてよく選択されます。ペア血清で4倍以上の抗体値上昇がみられた場合は確定診断です。一方単一血清による抗体値ではcut off値に関して必ずしも明確な基準が設定されていませんが、小児気道感染の場合は1:80あるいは1:160の抗体値で診断して良いという報告もあります4)。しかしやはり判定には数日を要し、一般外来での診断には使用されていません。1時間で判定できる寒冷凝集反応もマイコプラズマ感染症で陽性になりますが特異性はなく、参考程度にはなるでしょう5)
そこで登場したのがマイコプラズマ特異的IgM抗体を迅速に検出する簡易イムノクロマトグラフ法であるイムノカードマイコプラズマ抗体です。これは迅速診断ですが病原体を検出するものではなくIgM抗体を検出するものです6)。しかし、マイコプラズマ感染症では1年ぐらいはIgM抗体が上昇したままであることがわかっていましたが、やはりイムノカードでも感染後527日まで陽性であったという報告もあり、診断には使用できないことが解りました。
 やはりマイコプラズマの診断は臨床診断なのです7)
 成人肺炎診療ガイドライン8)では以下の基準で非定型肺炎を鑑別し、できるだけ原因微生物を検索しながらマクロライド抗菌薬を投与するように記載してあります。

 6項目中4項目以上合致すれば非定型肺炎、3項目以下の合致なら細菌性肺炎(感度78%、特異度93%)、また1~5の5項目中3項目以上合致すれば非定型肺炎、2項目以下の合致なら細菌性肺炎(感度84%、特異度87%)、と比較的良好な感度・特異度を示しています。我が国では、非定型肺炎に含まれるのは,マイコプラズマ肺炎とクラミドフィラ肺炎の2つです。近年、遺伝子診断でクラミドフィラ肺炎を診断しようという試みがなされ、それらの報告を見ると、クラミドフィラ・ニューモニエは肺炎は起炎菌として極めて稀であることが示されるようになりました。だから非定型肺炎と診断されたらマイコプラズマ肺炎と同義語と考えることができます9)
 「マイコプラズマ感染かどうか知りたいので検査をしたい」と言われたら、LAMP法(291点)を行いますので5日後に結果を聞きに来てください、と答えると誰も検査を希望されません。
 ちなみにマイコプラズマのマクロライド耐性化がすすんでいますが、マクロライド耐性でもマクロライドから治療することが推奨されています。マイコプラズマ感染症の臨床症状は感染者の免疫過剰に伴い生じるもので、マクロライドは菌を殺す以外に免疫調節作用があるため、仮にマクロライド耐性であっても有効であるからです10)。通常、マクロライド感性株によるマイコプラズマ肺炎ではマクロライド系薬の投与48時間後には約80%が解熱します。しかし,マクロライド耐性株では約30%しか解熱しないとされます。マイコプラズマ肺炎の治療開始2~3日後に症状が改善しない場合はマクロライド系薬の前投与があればマクロライド耐性率は90% 以上であり、前投与がなければマクロライド耐性率は50% 以下であると考えられています11)。マクロライド耐性株と推測される場合、第二選択薬としてテトラサイクリン系薬またはキノロン系薬が投与されます。マクロライド耐性マイコプラズマに対する臨床的有効性や薬剤耐性誘導を考慮すると、キノロン系薬よりもテトラサイクリン系薬の方が有用と考えられます。テトラサイクリン系薬ではミノサイクリンが選択されることが多いです11)
 最後に、クイックチェイサーMyco という抗原検査キットが2017年に承認されています。判定時間は15分です。この抗原検査キットは従来からあるイムノクロマト法に写真の現像技術を応用した銀増幅反応により、感度を向上させたキットで最小検出感度2.8×106copies/mLでPCRと比較して陽性一致率82.1%陰性一致率100%という優れたデータを示しています12)。もしかしたらマイコプラズマ診断の第一選択になるかもしれません。

令和6年8月31日
菊地中央病院 中川 義久

参考文献

1)長谷 達也ら:肺炎マイコプラズマ感染症診断における迅速抗体検査と迅速抗原検査のLAMP法との比較 . 日赤検査 2016 ; 49 ; 72 – 75 .
2)大島 匠平ら:新規マイコプラズマ抗原検査キット―プロラスト®Myco . 生物試料分析2015 ; 38 ; 305 – 308 .
3)山田 有美ら:LAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法による迅速診断が有用であったマイコプラズマ気管支肺炎の 2 例 . 感染症学雑誌 2014 ;  88 ; 160 – 165 .
4)山崎 勉:マイコプラズマ・クラミジアの病原診断 . 日本小児呼吸器疾患学会雑 誌 2008 ; 19 ; 42 – 47 .
5)武井智昭:マイコプラズマ感染症 ー薬剤耐性株,検査,治療の変遷ー月刊地域医学 2023 ; 37 ; 35 – 38 .
6)成田 光:マイコプラズマ感染症診断におけるIgM抗体迅速検出法の有用性と限界 . 感染症誌 2007 ; 81 ; 149 – 154 .
7)マイコプラズマ感染症の診断は難しい
8)成人肺炎診療ガイドライン2,017. 市中肺炎 pp 9 – 33 日本呼吸器学会発行
9)藤田 次郎:細菌性肺炎と非定型肺炎 . 日本内科学会雑誌 2017 ; 106;1916 – 1922 .
10)肺炎マイコプラズマ肺炎に対する治療指針 日本マイコプラズマ学会
https://plaza.umin.ac.jp/mycoplasma/wp-content/themes/theme_jsm/pdf/shisin.pdf
11)中国の春節で日本のマイコプラズマ肺炎が増える?
12)古賀 稔:感染症領域のPOCT機器・試薬の変遷 . 生物試料分析 2019 ; 42 ; 187 – 193 .