風邪の後の咳が止まらないー感染後遷延性咳嗽

風邪の後の咳が止まらないー感染後遷延性咳嗽

 咳は、急性上気道炎・気管支炎や、それらが治癒した後に咳だけが残る感染後咳嗽、タバコ気管支炎、ACE(angiotensin-converting enzyme阻害薬の副作用等、身近な原因で生じる極めてありふれた症状です。喘息を有しない成人一般住民の約10%が3週以上続く咳を有しており、患者の診療所受診動機としても最も頻度が高い症状といわれています1)。咳は自然治癒したり(感染後咳嗽)、原因(喫煙・薬剤)の回避で軽快したりする一方、しつこく続く咳を訴える患者さんがアレルギー科や呼吸器内科の外来を受診されます。診断や治療に難渋する「狭義の」慢性咳嗽患者が近年増加しているといわれています1)。そこで「咳嗽に関するガイドライン」(2005年),改訂第2版(2002年)が発表され、さらに「咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019」として改訂されました2)
 ガイドラインでは,咳を持続期間により急性・遷延性・慢性に分類しています。3週までを急性咳嗽、3週から8週までを遷延性咳嗽、8週間以上のものを慢性咳嗽としており、急性咳嗽では風邪などの感染症が多く、慢性咳嗽では咳喘息や、胃食道逆流症などの感染症以外の原因が多くなってきます。また複数の原因が重なっていることも多いといわれています1)

文献1)より転載

 しかし、急性咳嗽の中にはもちろん、咳喘息の起こり始めや、肺癌なども含まれるため、急性咳嗽は感染症に伴う咳と決めつけずに慎重な診察が大切です。慢性咳嗽は呼吸器専門医の診察を勧めるとして、一般内科医を受診するのは急性から遷延性咳嗽です。その中で一番多いのは、かぜ症候群後咳嗽(感染後遷延性咳嗽)です3)。慢性咳嗽まで含めても11%~25%の原因と報告されています3)。感染後遷延性咳嗽はウイルスや肺炎、マイコプラズマ肺炎、クラミジア感染後に咳嗽が遷延する病態で、ここには百日咳による咳嗽も含まれます。感染後遷延性咳嗽の診断で重要なことは,かぜ症候群が先行していることと,除外診断です。

感染後遷延性咳嗽の診断基準

文献4)より転載

藤森らの診断基準です。やはり除外診断です。

感染後遷延性咳嗽の診断における問診

文献4)より転載

感染後遷延性咳嗽の診断における診察所見

文献4)より転載

感染後遷延性咳嗽の診断における検査

文献4)より転載

感染後遷延性咳嗽としっかり診断するのはかなり大変です。

感染後遷延性咳嗽の簡易診断

文献3)より転載

 そこで藤森は3)、一般臨床家向けの簡易診断基準を作成しています。診断的治療も許されています。感染後遷延性咳嗽の咳嗽発生機序に関してよくわかっていません。気道感染による気道上皮障害、上気道・下気道の気道炎症が一過性気道過敏性亢進を引き起こすであろうと考えられています。気管支鏡下気道生検では、気管支喘息のように好酸球はみられず、リンパ球性気管支炎の像を呈するとされています。カプサイシン咳感受性は一般に亢進しており、咳嗽が改善するとともに元に戻るとされています。さらに、咳嗽が既存の胃食道逆流を悪化させ、咳嗽を遷延化させるとも考えられています3)
 治療は自然軽快するとはいえ、患者さんは治療薬を希望します。中枢性非麻薬性鎮咳薬はある程度有効です。内因性咳嗽誘発物質のヒスタミンを分解する酵素として、ヒスタミン-N-メチルトランスフェラーゼがありますが、ウイルスによる気道感染時、この酵素活性が低下することが明らかになり、ヒスタミンH1受容体拮抗薬は有効です。麦門冬湯はニュートラルエンドペプチダーゼ活性低下抑制作用があり有効と考えられています1)。これら3剤を併用したカクテル療法は有効です。咳受容体の亢進はC繊維と迷走神経末端のrapidly adapting receptors(RARs)からなり、ここをブロックする抗コリン剤の吸入は有効です(適応外使用)1)。ステロイド剤の吸入は有効と無効の報告があり一定していません3)。胃食道逆流の合併が疑われるときは制酸剤も有効です。
 咳嗽が続くことにより、睡眠障害などのQOL低下につながるため早く改善させることは大切です。また、咳嗽が続くことにより、さらに気道傷害を惹起するとも考えられています3)。しかし、中枢性の鎮咳薬は依存性があるために短期間にとどめた方が良いと思われます。しかし、近年の鎮咳薬の流通不足はもはや慢性的となり改善の見込みがなく、3週間以上続く咳には、鑑別診断を慎重にしながら、制酸剤、ヒスタミンH1受容体拮抗薬、吸入抗コリン剤、麦門冬湯などを組み合わせて治療をするべきでしょう。吸入のステロイドは報告によりその効果にばらつきがあり、また、喘息との鑑別も難しくなるため安易に使用しないという報告もあります5)
 咳嗽の診断は非常に難しく、8週間以上続く慢性咳嗽を呼吸器内科と耳鼻科で共同して検討して約10%が原因不明であったという報告もあり6)、まだよく解っていない部分があるのも事実です。

令和6年4月18日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

1)新実 彰男:咳嗽診療の心得―たかが咳,されど咳―. 日内会誌 109:2091 – 2094,2020
2)日本呼吸器学会咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019作成委員会編:咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019. 2019.
3)藤森 勝也:遷延性咳嗽と慢性咳嗽の原因疾患―かぜ症候群後咳嗽(感染後咳嗽)と胃食道逆流による咳嗽の病態と治療 . 日薬理誌  131 ; 406 – 411 ; 2008 .
4)藤森 勝也ら:感染後咳嗽(かぜ症候群後咳嗽). 日内会誌 109:2109 – 2115,2020.
5)柿内 祐介:実地臨床における遷延性・慢性咳嗽診療の現状と課題 . アレルギー2018 ; 67 ; 931 – 937 .
内藤 健春:成人の慢性咳嗽診療におけるトピックス. 日耳鼻122: 1497―1501,201