麻疹(はしか)が国内でも流行か?

麻疹(はしか)が国内でも流行か?

 世界的に流行している麻疹について、国内でも感染が広がる懸念が強まってきました。3月11日には東京都内で20代女性の感染が確認され、東京都や厚生労働省はワクチン接種による予防を呼び掛けています。世界保健機関(WHO)は2月20日、世界の半数以上の国々が今年の流行リスクに直面しており、緊急に予防対策を講じるよう警告しています(2024年3月11日産経新聞)。
 実は今、欧州では麻疹患者の報告数が急増しています。例えば英国では1か月に50人以下であった報告数が、昨年12月には150人以上と3倍以上に増えています。世界保健機関(WHO)もこの事態を深刻に受け止めており、WHOは、「欧州では、麻疹患者が30倍に増加しただけでなく、2万1000人近くが入院し、5人が関連死している。これは懸念すべきことだ」と述べています。原因としては新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響で、特に子どもたちでワクチンの接種率が低下したことが一因と考えられています。例年、麻疹は春先から夏の初めにかけて患者数が増加することから、さらなる患者数の増加が懸念されています1)
 2015年にWHO西太平洋地域事務局により日本においては麻疹排除状態にあることが認定されました。しかし,日本で麻疹発生がなくなったわけではなく、麻疹が発生している世界各国から日本に麻疹が輸入され,流行する可能性があることは以前から指摘されていました。自然感染による追加免疫の機会が少なくなり小児期の予防接種により獲得した免疫能が低下している可能性があること、このような感受性者における成人発症例が増加していることが指摘されていました1)

国立感染症研究所より転載

https://www.niid.go.jp/niid//images/idsc/disease/measles/2024pdf/meas24-09.pdf

 年度別の麻疹発生件数です。2020年以降はほとんど発生がみられていないことが解ります。自然感染による免疫獲得の機会が減少していることが予想されます。
 これまでも麻疹流行が繰り返されてきましたが、麻疹ウイルスの対策が困難であることの一因として、飛沫感染、接触感染以外に、空気感染があるからです。麻疹患者の気道分泌物からエアロゾル化した麻疹ウイルス粒子が排泄されると、2時間以上感染性を保ちつつ浮遊し、麻疹患者と同じ空間で接触した感受性者は 90%以上が発症するほどその感染力は強力です4)。 例えば、飛行機や空港の待合室での麻疹感染が何度も報告されています。また麻疹の感染性は皮疹出現の約 5日前から皮疹出現後約 4日間です。麻疹が診断されるのは通常皮疹出現後ですが、皮疹出現前から感染性を有することもまた麻疹の感染対策を難しくしています。さらに麻疹は罹患中に液性免疫も細胞性免疫も低下することが知られ、それに伴う肺炎や、神経系に親和性があることから脳炎、ADEM、SSPE 等の合併症、さらに、7~9%の症例で中耳炎を伴うほか、下痢などの消化器症状、クループ、急性肝障害、心筋炎などの多彩な症状を呈することが報告されています5)。先進国でも麻疹による死亡は麻疹患者 1,000 例に1例程度あるとされています。合併症や死亡例は、5歳未満の乳幼児20歳を超える成人が危険とされています。
 麻疹に対する特異的な治療法はなく、予防として実施するワクチン接種が最も重要です。麻疹含有ワクチンは、1 回接種で 95%以上、2 回接種で 99%以上の抗体陽転が得られ、非常に有効なワクチンです。しかし、麻疹ウイルスは感染力が強く、わずかな感受性者を見つけて伝播していきます。ワクチンを 1 回接種しても免疫が得られない者(primary vaccine failure)も約5%みられるため、麻疹を予防するためには確実な 2 回以上の麻疹含有ワクチンの接種が必要です3)
 ワクチン接種歴が未確認あるいは不十分で、麻疹抗体価陽性が確認できない接触者では、曝露して72 時間以内であれば緊急の麻疹含有ワクチンの接種が、72 時間以上経過してる場合でも6日以内であれば免疫グロブリン投与がそれぞれ検討されますが、どちらの場合でも確実に予防できる保証がないことには留意する必要があり、また緊急的にはワクチンが入手できないのが現実です。また麻疹含有ワクチンは免疫不全患者や妊婦などワクチン接種不適当者には接種できません3)
 麻疹の検査診断の方法としてはこれまで主に麻疹特異的 IgM 抗体の検出のみによりなされていましたが、しかし,偽陰性,偽陽性があり注意が必要です。麻疹急性期(発疹出現後 3 日以内)における単一血清による IgM 抗体検査は感度が低いことが報告されており、HHV-6 による突発性発疹やパルボウイルス B19 による伝染性紅斑の発症時は 麻疹特異的IgM 抗体が弱陽性に出ることが報告されています3)。そこで、現在は臨床的に疑ったら、血液からの麻疹ウイルスの直接検出(RT-PCR 法)が推奨されています3)。麻疹を疑ったらすぐ保健所に連絡しましょう。
 麻疹患者と接する可能性の高い医療関係者はワクチンを接種すべきであり、PA 法で 1:256 以上の抗体価の存在が必要です6)。なお、ワクチンを 2 回接種していても麻疹に罹患することはあり、2016 年の報告でも麻疹発症者の 15.1%(165 名中 25 名)はワクチン 2 回接種者でした6)。この場合、症状の軽い修飾麻疹となり、具体的には高熱を認めない、発熱期間が短い、カタル症状がない、発疹が軽度、あるいは見られない等、症状から麻疹と診断することは困難です。しかし、修飾麻疹患者の感染性は低いと考えられています6)。麻疹への感染免疫の評価としてPA法などの血清抗体価を用いますが、麻疹の感染免疫の主体は細胞性免疫です7)。しかし細胞性免疫を評価する手段がないために、代わりに血清抗体価で評価しているだけで、あくまで目安でしかありません。
 麻疹ウイルスは現存するウイルスの中でも最も感染力が強いウイルスと考えられ、また先進国でも1000人の感染者の中で1人が死亡するという恐ろしい感染症です。今後の国内での蔓延に注意が必要です。

令和6年3月15日
菊池中央病院  中川 義久

参考文献
1)忍び寄る「麻疹」復活の懸念
 https://medpeer.jp/data?did=244531
2)宮森 政志:医療関係者のためのワクチンガイドライン第2版に準じた医療従事者の麻疹,風疹,水痘,ムンプスに対する抗体陽性率について . 日職災医誌 2020  ; 68 ; 307 – 314 .
3)今後、麻疹の増加が危惧されます
4)岡部 信彦:1. 麻疹ウイルス ―最近の我が国における麻疹の疫学状況,今後の対策―ウイルス 2007 ; 57 ; 171 – 180 .
5)中山 哲夫:3. 麻疹ワクチン . ウイルス 2009 ; 59 ; 257 – 266
6)麻疹の対策はワクチンのみ
 https://www.nobuokakai.ecnet.jp/nakagawa193.pdf
7)柳 雄介:麻疹ウイルスの感染および免疫抑制機構 . ウイルス 1995 ; 45 ; 117 – 123 .