中国の春節で日本のマイコプラズマ肺炎が増える?

中国の春節で日本のマイコプラズマ肺炎が増える?

 世界保健機関(WHO)は2023年11月23日23日、中国北部で子供の肺炎が増加しているとして、中国の保健当局と協議しました。既知の病原体による肺炎が原因とみられ、WHOは現時点で「中国への渡航や貿易の制限は不要」としています。中国の発表によると、マイコプラズマ(M. pneumoniae)肺炎やインフルエンザなどによる患者が増加しているとし、「新たな病原体は検出されていない」「患者の増加は病院の収容能力を超えていない」などと説明しています(読売新聞オンライン2023/11/24)。
 日本の国立感染症研究所も中国の北京周囲の広い範囲で2023年5月以降マイコプラズマ肺炎、10 月以降インフルエンザ、RS ウイルス、アデノウイルスの各感染症が小児で流行し、外来、入院共に患者が増加していますが、COVID-19 による感染対策が解除されたことの影響と想定され予想外の事態ではないこと、現時点で新規の感染症や異常な臨床症状の報告はなく、既知の感染症によるものとして矛盾はしないと報告しています1)。なお、中国においては、これまでM. pneumoniaeのうちマクロライド系抗菌薬に耐性を示すものの割合が高いことが知られており、北京市CDCによると、2023年に報告されているM. pneumoniaeにおいても、遺伝子変異により、アジスロマイシンに対して剤耐性を持つことが考えられています。また、寒さが厳しくなる中での感染増加が危惧されています。
 中国の2024年の春節は2月10日から始まります。日本にも多くの観光客が訪れたら本邦での感染蔓延の可能性も考慮したほうが良いかもしれません。
 M. pneumoniaeの診断法には、病原体を検出 する方法と血中抗M. pneumoniae抗体測定法があります2)。しかし、血中抗体は判定に基本的に2回の採血が必要で、また判定に数日を要するために外来で治療する軽症肺炎にはほとんど使用されず、診断には病原体検出が用いられるようになりました。一般のクリニックで使用できるのはマイコプラズマ抗原迅速検出キットです。しかし、このキットは感度が悪く、20~30%程度で、小児を検討したもので成人はもっと低い感度であることが予想されます2)。M. pneumoniaeは下気道の線毛上皮細胞で増殖するため、上気道の菌量は下気道の約 1%以下であり3)いずれのキットも咽頭拭い液を検体として測定することから、偽陰性が多くなるのは仕方なく、やはりM. pneumoniaeの診断は総合的な判断をもとに行われるべきでしょう。
 成人肺炎診療ガイドライン4)では以下の基準でマイコプラズマ肺炎などの非定型肺炎を鑑別し、できるだけ原因微生物を検索しながらマクロライド抗菌薬を投与するように記載してあります。

 6項目中4項目以上合致すれば非定型肺炎、3項目以下の合致なら細菌性肺炎(感度78%、特異度93%)、また1~5の5項目中3項目以上合致すれば非定型肺炎、2項目以下の合致なら細菌性肺炎(感度84%、特異度87%)と比較的良好な感度・特異度を示しています。
 M. pneumoniaeのマクロライド耐性化は本邦でも報告されており、2011年には89.5%と報告されています5)。近年、PCR法を用いて、30~50分で咽頭擦過物からM. pneumoniaeの同定とマクロライド耐性が同時に判定できるようになり一部の施設で利用されています6)。しかし、M. pneumoniaeはマクロライド耐性でもマクロライドから治療することが推奨されています。マイコプラズマ感染症の臨床症状は感染者の免疫過剰に伴い生じるもので、マクロライドは菌を殺す以外に免疫調節作用があるため、仮にマクロライド耐性であっても有効であるからです7)。通常、マクロライド感性株によるマイコプラズマ肺炎ではマクロライド系薬の投与48時間後には約80%が解熱します。しかし,マクロライド耐性株では約30%しか解熱しないとされます。マイコプラズマ肺炎の治療開始2~3日後に症状が改善しない場合はマクロライド系薬の前投与があればマクロライド耐性率は90% 以上であり、前投与がなければマクロライド耐性率は50% 以下であると考えられています5)。マクロライド耐性株と推測される場合、第二選択薬としてテトラサイクリン系薬またはキノロン系薬が投与されます。マクロライド耐性M. pneumoniae に対する臨床的有効性や薬剤耐性誘導を考慮すると、キノロン系薬よりもテトラサイクリン系薬の方が有用と考えられます。テトラサイクリン系薬ではミノサイクリンが選択されることが多いです5)
 本邦における最近のマイコプラズマ肺炎の発症状況は、2つの大きな流行(2011~2012年、2015~2016 年)があり,毎年局地的に小流行が繰り返されています。中国の春節もありそろそろ大きな流行があるかもしれません。

令和6年2月1日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

1)国立感染症研究所 中国で小児を中心に増加が報じられている呼吸器感染症につ
https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-lab/2521-cepr/12382-china-respirtatory.html
2)マイコプラズマ感染症の診断は難しい
3)長谷 達也ら:肺炎マイコプラズマ感染症診断における迅速抗体検査と迅速抗原検査のLAMP法との比較 . 日赤検査 2016 ; 49 ; 72 – 75 .
4)成人肺炎診療ガイドライン2,017. 市中肺炎 pp 9 – 33 日本呼吸器学会発行
5)鈴木 裕ら:薬剤耐性肺炎マイコプラズマの分子疫学 . 日本臨床微生物学会雑誌 2020 ; 30 ; 117 – 126 .
6)田中 裕士:迅速マクロライド耐性マイコプラズマ遺伝子診断が外来治療に及ぼすインパクト . 日本化学療法学会誌 2019 ; 68 ; 371 – 375 .
7)肺炎マイコプラズマ肺炎に対する治療指針 日本マイコプラズマ学会
https://plaza.umin.ac.jp/mycoplasma/wp-content/themes/theme_jsm/pdf/shisin.pdf