成人も感染する溶連菌感染症

成人も感染する溶連菌感染症

 溶連菌とは、正式には溶血性連鎖球菌と呼ばれる細菌で、α溶血とβ溶血を呈する 2 種類があり、後者でヒトに病原性を有するものは、A 群、B 群、C 群、G 群などです。溶連菌感染症の 90%以上が A 群によるものです。したがって、一般には A 群溶血性連鎖球菌(A群β溶血性連鎖球菌:GAS と略します)による感染症を溶連菌感染症と呼んでいます。
 溶連菌はさまざまな感染症を起こし、粘膜感染では、咽頭炎、扁桃炎、猩紅熱、中耳炎、副鼻腔炎など、皮膚・軟部組織感染症では、伝染性膿痂疹、蜂窩織炎、丹毒など、その他の感染症として肺炎、菌血症、集団食中毒、特発性腹膜炎、トキシックショック( TSS )症候群などが知られています1)。主に起こすのは子供の咽頭炎です。症状の代表的なものは、発熱(38〜39℃)と“のど”の痛みです。しかし、3 歳未満ではあまり熱があがらないと言われています。そして、体や手足に小さくて紅い発疹が出たり、イチゴ舌を認めることもあります。

文献2)より転載

 咽頭所見は軟口蓋から硬口蓋にかけての点状出血やドーナッツ状病変が特徴で、扁桃の白苔などがあるときはむしろアデノウイルスや EB ウイルス感染症が多いようです3)

文献3)より転載

 前頸部リンパ節腫脹なども特徴として知られています。潜伏期間は 2〜5 日です。診断は A 群連鎖球菌迅速診断キット(ストレップ A)が通常用いられます。感度 70~90%、特異度 95%と特性にすぐれています。しかし発熱、咽頭痛、鼻汁、咳が同時に出現した時は,かぜの可能性が高く,迅速診断で陽性であっても GASの保菌者である可能性も考えるべきです4)。以前はリュウマチ熱や糸球体腎炎などの合併症に注意するように記載されていますが、近年は極めて稀であり、無視できるほどの頻度であるとされています1)
 溶連菌 ( GAS ) による咽頭炎は子どもに多い病気ですが、成人も家族内感染し得る病気です。咽頭炎のなかで GAS が原因である割合は、成人では 5~10%、小児では 15~30%と言われています5)。他方、1%という報告もあり一定していません1)。成人のGAS咽頭炎は小児に比較して軽症で、また、不顕性の保菌者も存在し、また 20 歳を過ぎると A 群以外の溶連菌(C や G 群)の頻度が増えてくるため、ストレップ A による迅速診断はあまり有用性がなくなるとされています6)。またGASによる咽頭炎は必ずしも抗生剤を投与しなくても治癒すると言われており、CAS咽頭炎・扁桃炎において抗菌薬を使用しないとどうなるかを調べた珍しい報告があります。ペニシリン薬7日間投与28名、ペニシリン薬3日間投与26名、偽薬投与43名の3群で溶連菌感染を治療すると、除菌率はそれぞれ68%、35%,28でした。7日間投与群で1名、3日間投与群で2名、偽薬投与群で8名に症状の悪化を認めたそうです。一般に成人のGAS咽頭炎は軽症で、ウイルス性咽頭炎と誤診しても大変な結果になることは少なそうです7)
 しかし、成人のGAS感染症としてトキシックショック( TSS )症候群という重篤な病態を呈することがあります(劇症型A群β 溶連菌感染症 (Streptococcal toxic shock syndrome, :STSS))とも言います。STSSは発熱、咽頭痛 などのかぜ症状から始まり、一 般的には本症に罹患するまで健常者として普通の日常生活を送っているヒトが多く、初期症状して四肢の疼痛,腫脹、発熱、血圧低下などがあり、急激に進行し短時間で軟部組織壊死、急性腎不全、急性呼吸窮迫症候群 (ARDS)、播種性血管内凝固症候群 (DIC)、多臓器不全に陥り、死亡率30~60%と言われる恐ろしい病気で、「ヒト食いバクテリア」とも呼ばれています8)。STSSは咽頭炎からの進展より、傷口から感染することが多く、60~70歳代に多く、患者発生は1~6月に多く報告されています。診断は病態の進行が急激であるため早期診断が重要で、迅速診断キットは 5~ 10分 で結果が得られ、血清や膿を検体として用いたとき陽性を示すことから、STSSの診断に有用であることが報告されています8)。しかし原因となる溶血性レンサ球菌は、A群が多いですが、B群やG群等も報告されており迅速診断キットで陰性になる可能性もあります。なぜ通常の日常生活を送っていた健康な成人が、このような恐ろしい疾患に罹患するのかはよく解っていません。菌側の外毒素と宿主の溶連菌に対する免疫状態との関連などが推測されています。近年報告数が増加しています9)。その原因は不明です。

劇症型溶連菌感染症の年次推移(文献9)より転載)

GAS咽頭炎は小児の場合、症状が強く、学校内感染を予防する意味でも積極的に診断して治療する必要がありますが、成人の場合は大半がごく軽症で、また健康保菌者も存在することより積極的な診断・除菌をすすめる意見はあまり聞かれません。ただ、家族内感染で健康成人がSTSSを発症した報告は散見され8)10)、子供がGAS感染症と診断されたときは家族内感染を起こさないような注意は必要と思われます。

菊池中央病院 中川 義久
令和5年9月22日

参考文献

1)古くて新しい感染症、連鎖球菌感染症の謎
https://www.nobuokakai.ecnet.jp/nakagawa3.pdf
2)A群溶血性レンサ球菌咽頭炎とはー国立感染症研究所ー
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/340-group-a-streptococcus-intro.html
3)溶連菌感染症―口と舌
https://www.miyake-naika.or.jp/13_medemiru/kodomo_yourenkin.html
4)菊田 英明:小児科からみたA群 β 溶血性レンサ球菌による咽頭扁桃炎 . 日耳鼻 2012 ; 115 ; 1 – 7 .
5)菊田 英明ら:臨床的に典型的な A 群β溶血性レンサ球菌による咽頭・扁桃炎であるが迅速試験で陰性であった32 例の咽頭培養細菌の検討 . 小児感染免疫 2011 ; 23 ; 233 – 239 .
6)山手 亮佑ら:外来で考える連鎖球菌―分類学と A 群溶連菌の臨床像. 日本医事新報2018 ; 4937 ; 28 – 36 .
7)坂田 宏:小児科における咽頭炎・扁桃炎 – A 群溶連菌感染症を中心に – . 口咽科 2010 ; 23 : 11 ~16 .
8)小回 はるみら:家族内発症した劇症型 A群 β溶連菌感染症の 1例 . 日臨救医誌2010 ; 13: 558 –562 .
9)池辺 忠義:溶血性レンサ球菌感染症の疫学 . 日本食品微生物学会雑誌 2019 ; 36 ; 85 – 88 .
10)細尾 咲子ら:劇症型A群β溶連菌感染症を呈した肺炎の1例 . 日内会誌 2015 ; 104 ; 2556 – 2561 .