多彩な症状を呈するエルシニア感染症

多彩な症状を呈するエルシニア感染症

 Yersinia(エルシニア)感染症は、通常、食中毒原因菌として知られるエルシニア菌によって引き起こされる感染症です。あまり発生頻度は高くなく、これまであまり注目を浴びることが少なかった感染症ですが、近年、集団感染の発生の増加などにより、社会的に関心を集めることが多くなりました。
 エルシニアは腸内細菌科に属するグラム陰性通性嫌気性桿菌です。本属菌には現在19菌種があり、このうちペストの病原体として知られるY. pestisならびに食中毒原因菌として知られるY.enterocoliticaと仮性結核菌として知られるY. pseudotuberculosis の3菌種がヒトや動物に病原性を示す菌種として知られています。Y. enterocoliticaならびにY. pseudotuberculosisは、いずれも至適発育温度は28℃付近で,4℃以下でも発育可能な低温発育性の病原菌です1)
 Y. enterocoliticaのヒトへの主たる感染経路は食品を介した感染で、家畜ではブタはY. enterocolitica およびY. pseudotuberculosis の代表的な保菌動物として知られ、いずれもブタから比較的高率に分離されます。ブタはいずれに感染しても全く臨床症状を示さず不顕性感染します。豚の加熱不十分での喫食で経口感染します。イヌとネコも両者の菌を数%の割合で保菌しており、通常は不顕性感染です。不十分な手洗いでペットから感染することもあります2)。野生動物では、ノネズミやタヌキなどが高率に保菌しています。そのため、沢水をのんで感染する水系感染や簡易水道からの集団感染も報告されています3)
 エルシニア感染症は全世界で発生しており、本邦でも年に数例、集団発生が報告されています。しかし、本感染症は全数把握でないため正確な発生件数は不明で、小児の胃腸炎の原因の1~3%が本菌が原因という報告もありますが、潜伏期間が長く、通常の検査培地では検出されにくいため多くが見逃されている可能性があります。近年、世界中で特に問題になっているのは野菜からの感染です。野菜からの感染はサラダの喫食などで大規模感染になります4)。農薬や化学肥料を使わない有機農法が普及していることが関係している可能性が考えられています。実際、有機農法により生産した野菜がしばしばサルモネラやO157に汚染されていることが報告されており、発酵が不十分な堆肥を肥料として使用したことで,野菜がエルシニア菌に汚染する可能性が考えられます。
 エルシニア感染症の臨床像は多彩で、2つの菌に分けて記載します。
 Y. enterocolitica 感染の臨床症状は多岐にわたり、下痢や腹痛をともなう発熱疾患から敗血症まで多彩です。潜伏期は2~5日で比較的長く、患者の年齢とこれら病像とはある程度相関がみられ、乳幼児では下痢症が主体で、幼少児では回腸末端炎、虫垂炎、腸間膜リンパ節炎が多くなり、さらに年齢が高くなるにしたがって関節炎などが加わって、より複雑な様相を呈する傾向があります。発熱の割合は高いですが、高齢者では多くありません。症状の中で最も多いのが腹痛です。特に、右下腹部痛と嘔気・嘔吐から虫垂炎症状を呈する割合が高く、 虫垂炎、終末回腸炎、腸間膜リンパ節炎などと診断される場合もあります。腸管感染であるにもかかわらず、頭痛、咳、咽頭痛などの感冒様症状を伴う割合が比較的高く、また、発疹、紅斑、莓舌などの症状を示すこともあります。

次々と診断されるエルシニア腸炎
https://motomix1955.at.webry.info/201107/article_15.html より参照

文献5)より転載。回盲部に隆起性病変、潰瘍性病変を認めます。

 腹部CTでも大腸内視鏡でも虫垂に近い回盲部、回腸末端部に病炎をきたしやすいのが特徴です。
 Y. pseudotuberculosis による感染もまた乳幼児に多くみられ、発熱は殆ど必発で、比較的軽度の下痢と腹痛、嘔吐などの腹部症状がこれに次ぎます。発疹、紅斑、咽頭炎もしばしば観察されます。さらに、頭痛、口唇の潮紅、莓舌、四肢指端の落屑、結膜充血、頚部リンパ節の腫大、肝機能異常、肝・脾の腫大、少数例には心冠動脈の拡張性変化のほか、二次的自己免疫的症状として、関節痛、腎不全、肺炎、および結節性紅斑などが見られることもあります。以上の症状から川崎病と診断されることもあります6)
 エルシニア感染症の確定診断には、糞便からのY. enterocolitica あるいはY. pseudotuberculosis の検出が必要です。しかし、一般の便培養の37度での1夜培養では微小集落しか形成されず見逃されることがあるため48時間までの観察が必要です2)
 Y. enterocolitica およびY. pseudotuberculosis は通常使用されている抗菌薬に対して高い感受性を示します。しかし、Y. enterocolitica はβ−ラクタマーゼ活性があるため、アンピシリンなどに対しては感受性が低い一方、Y. pseudotuberculosis はマクロライドを除いて高感受性です。抗菌薬投与に関しては、その種類、投与方法、投与期間などはいずれも確立されていませんが、治療に抗菌薬を使用しなくてもおおむね予後は良好と言われています2)
 なお、米国CDC では、重篤な症状や合併症のある場合はアミノグリコシド系、ドキシサイクリン、フルオロキノロン系、ST合剤などの使用が有用であるとしています7)
 エルシニア感染症の予防は、一般的な食中毒の予防法に準じますが、低温菌なので食品、特に生肉を10℃以下で保存する場合でも保存は短時間にとどめ、長く保存するときは冷凍するようにします。またコールドチェーンが整備された現在の食品流通システム下でも増殖可能であり、ほかの食中毒菌と比べ、本菌に汚染された食品の取扱いには注意を要します。沢水や井戸水を介した水系感染を防ぐため、加熱・消毒されたものを飲用するよう心がけます。摂氏60度以上、2~3分で失活します。なお、ワクチンは実用化されていません2)
 近年、強毒であるY. enterocolitica血清型O8の感染例が増加し、集団発生も報告されていることから、社会的な関心が高まっています。また有機栽培を背景とした野菜を媒介としたYersinia感染症の発生には十分に注意を払う必要があり、今後は生産段階を含めて多面的に検討を行いYersinia感染症の予防対策を早急に確立する必要があります。

令和5年6月2日
菊池中央病院 中川義久

参考文献
1)福島 博:病原性エルシニアの疫学と検査法 . 日本食品微生物学会雑誌 2011 ; 28 ; 104 – 113 .
2)林谷 秀樹:Yersinia感染症 . 日本食品微生物学会雑誌 2016 ; 33 ; 175 – 181 .
3)磯部  順子ら: 簡易水道水を原因と特定できた Yersinia enterocolitica O8 による集団感染事例 . 感染症誌 2014 ; 88 ; 827 – 832 .
4)小西  典子ら:東京都内で発生した Yersinia enterocolitica 血清群 O8 による集団下痢症 2 事例と分離菌株の細菌学的検討 . 感染症誌 2016 ; 90 ; 66 – 72 .
5)山本 章二朗:炎症性腸疾患診療にあたって注意すべき腸管感染症の内視鏡像 . 日本消化器内視鏡学会雑誌 2021 ; 63 ; 18 – 30 .
6)菅沼 栄介ら:川崎病症状を呈した急性腎不全合併の Yersinia pseudotuberculosisi 感染症の1例 . 心臓 2015 ; 47 ; 1468 – 1470 .
7)Yersinia enterocolitica(Yersiniosis)https://www.cdc.gov/yersinia/diagnosis.html