しばしば体内で再活性化するヒトヘルペス6型( HHV-6 )
ヒトのヘルペスウイルスは現在までに8 種類が発見されており、いずれのウイルスも初感染時にウイルスが増殖した後に増殖を停止し、ウイルス遺伝子が生涯保持される潜伏感染状態となります。この潜伏感染したウイルスは、何らかのきっかけで再び活動を開始し宿主の体内で増殖します。この現象を再活性化と呼び、ヘルペスウイルスの遺伝子活動によって自律的に行なわれる現象です。潜伏感染状態をとるウイルスは、レトロウイルスやアデノ随伴ウイルスなど、ヘルペスウイルス以外にもありますが、自律的に再活性化を生じるのはヘルペスウイルスのみです。
神経節で潜伏感染を生じるα-ヘルペスウイルス、マクロファージ系細胞で潜伏感染するβ-ヘルペスウイルス、B 細胞で潜伏感染し発癌性を有するγ-ヘルペスウイルスの3 つのグループに大別されます。ヘルペスウイルスは、同じ科に属するとは思えないほど、遺伝子の大きさや構造が多様です。また,潜伏感染・再活性化の機構も、不明な点が多いものの、グループごとに別々の機序を持つことが判っています。遺伝子構造や潜伏感染の機序が異なるにも関わらず、潜伏感染・再活性化という共通点を持つことは、この性質がヘルペスウイルスの生存にとって非常に重要であることを示しています1)。
「疲れるとヘルペスが出る」という事は良く聞かれますが、これは疲労時に単純ヘルペスウイルス 1 型(herpes simplex virus type 1 : HSV-1)の再活性化が生じることを示しています。この現象は一般に、疲労によって免疫力が低下するために、ヘルペスウイルスが再活性化するために生じると説明されてきました。ヘルペスウイルスの再活性化に関しては、免疫抑制状態の患者から再活性化ウイルスが高頻度で検出されることから、「免疫抑制が再活性化を誘導する」という説明がなされてきました。実はこの現象は再活性化したウイルスが免疫抑制状態では増殖し易いために観察されるのであり、ヘルペスウイルスの再活性化はむしろサイトカインの過剰産生によって誘導される傾向があることが解ってきました1)。
さて、ヒトヘルペス6型(HHV-6 )は,β-ヘルペスウイルスに属し、ほとんどの人で1 歳半までに初感染を生じ突発性発疹の原因となります。マクロファージと脳内において潜伏感染を生じ、小児期での再活性化は熱性痙攣の原因となります。実は、HHV-6 には世界中に広く分布し、突発性発疹の原因となるHHV-6 variant B(HHV-6B)と、最初のHHV-6 として分離されましたが、疾患との関わりが未だ確定しておらず、感染者の数もHHV-6B より少数であるHHV-6 variant A がありますが、通常、特に断らない限りHHV-6 はHHV-6B のことを指します2)。
近藤らの研究で、HHV-6は過度の就労で容易に再活性化して唾液中のウイルス量が増加し、休息により速やかにウイルス量が減少することからHHV-6 は現代人が抱える仕事のストレスによる疲労刺激で簡単に再活性化する性質を明らかにしました。HHV-6 の生存の戦略という観点からは、HHV-6 が仕事のストレスが中期的・長期的に続いて疲労している宿主の生存の危険を察知し、再活性化によって増殖し、他の宿主に移ることによって、自身の生存の確率を高くしているのだと推論しました。ヘルペスウイルスが、何らかのストレスによって生存の危機に立たされた宿主から再活性化という形で逃げ出す様は、船が沈む際に危険を察知していち早く逃げ出すネズミの様子を連想させる、と述べています1)。
このようにしばしば体内でHHV-6が増加して問題はないのでしょうか?
骨髄移植患者の70 %においてHHV-6 の再活性化が起こるといわれていますが、特別な症状はないようです。一部の人に、骨髄抑制、移植片対宿主病(graft-versus-host disease: GVHD)、脳炎、胃腸炎などが起こると報告されており、骨髄移植後の重要な病原体の一つとして注意されつつあります。ほかの実質臓器移植後のHHV-6 の再活性化も報告されており、30 %の腎臓移植後患者おいてHHV-6 の再活性化がおこり、その一部が 移植拒絶への関与も疑われています。またHHV-6 は最初AIDS 患者から分離されたウイルスであり、AIDS との関連はこれまで常に注目されてきています。HHV-6 の感染によってHIV のLTR プロモーターが活性化し,HIV 感染増殖が促進すると同時に、HHV-6 の感染によってCD4 分子の転写が促進され、HIV がより感染しやすくなるという報告もあります。その他、AIDS 患者では、HHV-6 感染によって重篤な肺炎、網膜炎、中枢神経系の損傷を引き起こしたケースも報告されています。その他、HHV-6 と口腔癌、慢性疲労症候群、多発性硬化症、薬性過敏症などの疾患との関連性も認識されつつあります。HHV-6の再活性化ですぐ症状が出るわけではありませんが、時々人に悪さをしている感じです2)。
薬剤過敏症症候群(Drug-induced hypersensitivity syndrome: DIHS)はある特定の薬剤を長期間摂取した後に発症する重症薬疹で、その本体は薬剤による免疫抑制から復活する過程の免疫再構築症候群と考えらえています。DIHS の特徴的所見としてHHV-6 がまず再活性化し(82%と言われています)、その後潜伏しているヘルペスウイルスグループのEBV(Epstein Barr virus)や CMV(cytomegalovirus)が次々に再活性化することです。これらのヘルペスウイルス属は同時に検出されるわけではなく、交代しながら順次検出されていきます。まるで各ウイルス群に連絡網があるかの如くです3)4)。
HHV-6の再活性化は直接的な病原性もさることながら、他のヘルペスウイルスグループに影響を与えて間接的に人に影響を与えている可能性もあります。
近年、生まれながらに染色体にHHV-6が組み込まれた (chromosomally integrated HHV-6 : CI-HHV-6)人がいることが報告されました。遺伝的に親から子に受け継がれたものと思われますが、現在までの報告では,約 1 %の健常人において CI-HHV-6 が認められます。これらの人は全有核細胞からHHV-6が検出され、しかもウイルス量が他の人に比べて多いことがわかってきました。さらに通常のHHV-6と同様に特定の条件下で再活性化することも解ってきました。しかし、生まれながらにHHV-6の遺伝子が組み込まれたことでどのような疾患に罹りやすいか?どのような不利益を被るかは現在研究中で不明な点が多いです5)。
全人口の約95%にHHV-6が潜伏感染しているとされています。私たちはHHV-6を再活性化させないように、一生うまく付き合っていかなければなりません。HHV-6は、私たち宿主が危機であると感じると、再活性化して増殖し、他の宿主に乗り換えようとするので、宿主の危機と察知されないようにする。例えば、極度の疲労をさける、余計な薬をのまない、ストレスを溜め込まない、というような努力をしなければいけません。私たちはHHV-6のご機嫌を伺いながら生きていかないといけないのです6)7)。
令和3年12月28日
菊池中央病院 中川 義久
参考文献
- 近藤 一博:ヘルペスウイルス感染と疲労 . ウイルス 2005 ; 55 ; 9 – 18 .
- 湯 華民:ヒトヘルペスウイルス 6とヒトヘルペスウイルス 7(HHV-6, HHV-7) . ウイルス 2010 ; 60 ; 221 – 236 .
- 橋本 公二:薬剤過敏症候群とヒトヘルペス6 . モダンメデイア 2010 ; 56 ; 305 – 310 .
- 薬剤性過敏症症候群は免疫再構築症候群
- 森 康子ら:HHV-6 . 日本医師会雑誌 2020 ; 149 ; 1246 .
- ヒトヘルペス6型―突発性発疹、熱性痙攣、慢性疲労症候群からうつ病まで
- ニコラス・レガシュ著 二階堂 行彦訳 : 襲いくるウイルスHHV-6 ? 体内に潜む見えない侵入者を追う ? . ニュートンプレス , 東京 , 2000 .