見逃してはいけない高齢者の急速進行性HAM

見逃してはいけない高齢者の急速進行性HAM

 内科外来では高齢者が多いため、両下肢の筋力低下や感覚異常を訴える患者さんがかなりの確率でおられます。ある研究では内科外来通院中の患者さんの約半数になんらかの腰椎由来の症状があり、その半数以上が腰部脊柱管狭窄症であったという結果が報告されています1)。実際、当院を受診される内科の患者さんは整形外科も一緒に通院されているかたが多くおられます。しかし、なかには感染症に伴う脊髄症状が原因のことがあり、早期の治療で改善することがあります。その病気がHTLV-1関連脊髄症(HTLV-1-associated myelopathy / 以下HAM)です。現在、全国で約3,000人が罹患されていると推測されています。HAMが発症する原因は、HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)に感染した血液中のTリンパ球が脊髄の中に入り込み、慢性的な炎症を起こすことが原因と考えられています。 HAMの症状としては以下のようなものが主に挙げられます。なんとなく歩きにくい、足がもつれる、走ると転びやすい、両足につっぱり感がある、両足にしびれ感がある、尿意があってもなかなか尿がでない、頻尿になる、便秘になるなどです。これらの症状の進行は個人差がとても大きいという特徴があります。したがって、将来的に病気が進行していくことを出来るだけ防ぐために、疾患活動性や重症度などを調べる検査をして、ひとりひとりの病状に応じた治療を受けることが重要です。 そのためにはHAMを早期に疑い専門の神経内科医に紹介する必要があります。
 さて HTLV-1はどういうウイルスでしょう。ヒトT細胞白血病ウイルス1型(Human T-cell leukemia virus type 1:HTLV-1)は成人T細胞白血病・リンパ腫( Adult T-cell leukemia:ATL)、HTLV-1関連脊髄症(HAM)およびHTLV-1ぶどう膜炎(HTLV-1 uveitis:HU)などの疾患を引き起こします。同じレトロウイルスのエイズウイルスと近縁のウイルスにですが、HTLV-1とエイズウイルスには大きな違いがあります。エイズウイルスは感染すると爆発的に体内でウイルスが増殖し、そのウイルスそのものが他の人へも感染を拡げていきますが、HTLV-1は細胞内に感染して、他の細胞へは細胞同士の接着を介して感染していきます。したがってフリーの状態で感染するエイズウイルスに比べて感染力は弱いです。また感染した細胞も死滅することなく生き続けますので体内に多くの感染細胞が存在することになります。その感染細胞を免疫細胞が攻撃するためにHTLV-1感染症は腫瘍疾患のみならず慢性炎症性疾患をおこすことが特徴です2)。HTLV-1の主な感染経路は感染細胞が感染する必要があるため、母子感染(垂直感染)、性感染(水平感染)および輸血の3つのみです。献血者の抗体スクリーニングが開始されて以降は、輸血による感染は見られていません。現在では、母子感染、特に母乳を介した感染が主要な感染経路と考えられています。また近年、性行為感染症も注目されています。母乳による感染に対しては、断乳や人工乳による予防が浸淫地域で試みられており、一定の効果を挙げています3)
 HTLV-1関連疾患はHTLV-1感染者(キャリア)から発症しますが、キャリアの大部分は無症状です。HTLV-1キャリアおよび関連疾患は、我が国では九州・沖縄地方を含む南西日本に特に多く見られていましたが、現在では日本中に広く分布しています。日本は先進国の中で唯一HTLV-1の浸淫国です。
 HAM は痙性脊髄麻痺を呈する自己免疫性慢性炎症性疾患で、年余にわたる慢性進行性の経過を特徴とする疾患ですが、その悪化速度は個人差が大きく、稀に比較的急速な経過(数か月)で悪化する急速進行性HAM という疾患が存在することが近年報告されるようになりました4)。急速性進行性HAMは特に高齢者に多く、弛緩性対麻痺や腱反射低下を認め、副腎皮質ステロイドホルモン剤に比較的よく反応することも解ってきました5)

文献5)より転載

 HTLV-1キャリアは母乳感染予防などの努力により日本では減少することが予測されていましたが、最近の献血者の全国調査では、九州や沖縄では減少傾向にあるものの、首都圏や中部地方などの都市部ではむしろキャリア数が増加傾向にあり、全体では約100 万人で1980 年代とほぼ不変であることが報告されています6)。これらのキャリアのうち、母児感染でキャリアとなった場合にATLは年間1000人発症し(生涯発症率5%)、発症年齢の中央値は58 歳です。HAMの場合の発症平均年齢:45.3 歳で、キャリアからの発症確率はATLよりはるかに少ないと考えられています。
 現在、HAMの治療は、インターフェロン(interferon、以下 IFN)αやステロイド薬が治療の主流ですが、IFNαの効果は限定的で、主にステロイドの長期内服が行われています。

文献7)より転載

 しかし、近年、90%のATL患者において腫瘍化したT細胞にCCR4(抗CCケモカイン受容体4)の発現が見られることが明らかにされ、それに引き続く一連の研究によって、CCR4を標的とするヒト化モノクローナル抗体医薬品であるモガムリズマブが開発されました。モガリズマブは再発・難治性ATLに対して行われた単剤投与の臨床第II相試験において、奏効率50%、無病生存期間中央値5.2カ月、全生存期間13.7カ月と非常に有望な結果が得られたため、ATL治療薬として2012年に薬事承認を受けました8)。モガムリズマブは ATL の治療薬としてわが国で開発された薬剤ですが、HAM において HTLV-1 感染細胞を劇的に減少させる唯一の薬剤であり、HAM の治療に大きな変革をもたらすと期待され、現在、治験が進行中です。
 HAMは早期発見することで患者さんのADLを改善する可能性があるにもかかわらず、一般医師の本疾患に対する認識度は薄く、診断がつくまでに年単位で時間を要する場合があります。その間に症状が進行し、重症化する患者がいまだに見られることが問題視されています。また近年、HTLV-1 に感染している関節リウマチ患者での治療抵抗性や免疫抑制療法における HTLV-1関連疾患の発症リスク等の問題1や HTLV-1 陽性ドナーから陰性レシピエントへの生体腎移植において、移植後にレシピエントの 87.5%が HTLV-1 に新規感染し、40%が HAM を発症することが報告されたことから、関節リウマチ患者の治療や臓器移植医療の現場でも HTLV-1感染に対する指針の策定が求められています9)

菊池中央病院   中川 義久
令和3年12月3日

参考文献
1 ) 大島 精司ら:高齢慢性疾患患者における腰部脊柱管狭窄症のスクリーニングと合併率の検討 . 日腰痛会誌 2008 ; 14 ; 80 – 86 .
2 ) 義江 修:ケモカイン受容体CCR4 とHTLV-1 感染,ATL 発がん . ウイルス 2008 ; 58 ; 125 – 140 .
3 ) 松岡 雅雄:ヒトT細胞白血病ウイルス1 型感染症 . 日内会誌第 2012 ; 101 ; 725 – 729 .
4 ) 春木 明代:急速進行性HTLV-1 associated myelopathy 様の症状を呈し,後に成人T 細胞白血病を発症した79 歳女性例 . 日老医誌 2009;46:184 – 187 .
5 ) 山野 嘉久:HTLV-1関連脊髄症 . 日内会誌 2021 ; 110 : 1582 – 1587 .
6 ) 山野 嘉久:HTLV-1 関連脊髄症(HAM) . ウイルス 2019 ; 69 ; 29 – 36 .
7)山野 嘉久:HTLV-1 関連脊髄症(HAM)の患者参加型の研究と創薬 . Neuroinfection 2020 ; 25 ; 87 – 91 .
8)福島 伯泰:HTLV-1関連疾患に対する新規治療法の展望 . 日内会誌 2017 ; 106 ; 1417 – 1422 . 
9)HTLV-1 関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン 2019,
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/ham/ham_2019.pdf