単純ヘルペス脳炎は早期治療が重要

単純ヘルペス脳炎は早期治療が重要

脳炎・髄膜炎では治療開始の遅れが重度後遺症や致死的転機を招くため神経救急として対応する必要があります。急性脳炎にはウイルス性脳炎やその他の病原体による脳炎、自己免疫性脳炎、膠原病に伴う脳炎・脳症などがありますが、ウイルス性脳炎の割合が高く、中でも単純性ヘルペスウイルス( herpes sinmlex virus : HSV ) が脳炎全体の約 20%、次いで水痘・帯状疱疹ウイルス( varicella-zoster virusu : VZV ) による脳炎が約 5 – 10% を占めるとされています。一方で脳炎全体の 30 -50%は原因が同定できないことも指摘されてきましたが、近年、抗 N-methyl-D-asparate ( NMDA ) 受容体脳炎など自己免疫脳炎がクローズアップされこれらの診断例も増えています1)。

当院でも単純ヘルペス脳炎(Herpes simplex encephalitis;以下 HSE と略)と思われる症例を経験したので今回調べてみました。

HSE は単純ヘルペスウイルス 1 型(herpes simplex virus type 1:HSV-1)あるいは 2型(herpes simplex virus type 2 :HSV-2)の初感染時または再活性化時に発症し、発症年齢(新生児、年長児、成人)によってその病態はかなり異なります。年長児から成人の HSEの ほとんどの症例は HSV-1 によるものであり、新生児の HSE では、HSV-1 が HSV-2 より約 2:1 の比率で多いとされています 。HSV が中枢神経系に移行する経路は、上気道感染から嗅神経を介してのルート、血行性ルート、感染した神経節からのルートの 3 通りが考えられています。以後は成人についてのみ記載します。

発生率は本邦では 3.5 人 / 100 万人 / 年と考えられています。

潜伏期は2~12日(平均6日)で、発熱、頭痛、嘔吐、髄膜刺激症状、意識障害、痙攣、記憶障害、言語障害、人格変化、幻 視、異常行動、不随意運動、片麻痺、失調、脳神経症状など多彩な症状で発症します。発熱を伴う不定の中枢神経症状を認める患者を診た場合には、まず HSE を念頭に置いて、迅速診断・早期治療を心がける必要があります。成人のHSE は HSV-1 の再活性化によるものが多く、HSV‐2 は主に脊髄炎や髄膜炎の形をとることが多いとされています2)。

血液検査では CRP などの炎症所見が軽度上昇するにとどまり、その他の特記すべき所見はありません。血液にはウイルスは検出されません。頭部 CT では特別な所見はありませんが除外診断として推奨されます。MRI は体動やけいれんで施行できないことが多いですが、T1 強調画像にて等~低信号、T2 強調画像と FLAIR で高信号を呈することが多く、病初期での病巣検出には DW1 も有用です。側頭葉と辺縁系が HSE の好発部位であり、病初期では 90%に MRI の異常が検出され、側頭葉、前頭葉(側頭葉内側面、前頭葉眼窩、島回皮質、角回)に病巣を認めることが多いとされています1)。

確定診断は髄液検査でされます。髄液初圧は中等度上昇し、単核球、蛋白の上昇を認めます。髄液 HSV DNA 高感度 PCR は非常に有用で感度 95% 特異度 99% と優れた成績を示しています。しかし、一部の例、特に成人例では 5~10%に偽陰性が認められます。その場合、HSV IgG が提出されることもありますが強く推奨はされていません。初回の髄液PCR が陰性でも疑わしい場合は 24 時間後の再検査が勧められます。髄液検査はもちろんCT か MRI で著明な脳圧亢進がないことを確認してからなされます。

以上のごとく疾患特異的な症状や必ずしも MRI が撮像できないことより、診断は髄液からのウイルス DNA の検出によりなされます。しかし、検査結果を得るまでに一定の時間を要する一方で、発症早期に Aciclovir(以下 ACV)治療されないことが転帰不良因子であることから急性脳炎が示唆される、あるいは病院到着後6時間以内に髄液や画像所見をとれない、患者の状態が時々刻々と悪化している場合には ACV を経静脈的に開始することが重要とされています3)。

ACV は HSV 感染細胞にのみ発現するウイルス性チミジンリン酸化酵素(viral
thymidine kinase)を介し HSV の増殖を強く抑制し、ヘルペス脳炎 に対して最も安全かつ有効性の高い薬剤です。尿量減少に伴い腎尿細管 ACV の濃度が溶解度をこえると ACVは結晶化し尿細管を閉塞させ腎後性腎障害をひき起こします。このため、免疫正常成人 HSE例では ACV 10 mg/kg/8 時間を 14〜21 日間投与しますが、腎障害の発症を防ぐためにはACV を緩徐に点滴静注(1回あたり1〜2時間以上かけて)すること、十分な尿量(75 ml/時間以上)を確保することが重要です。

ACV が早期に使用されることによって HSE の予後はかなり改善しましたがそれでも死亡率は 10~15%と高く、高度後遺症などの転機不良例は 27~35%、軽症から中等度の後遺症残存症例は 40~51%で完全回復あるいは後遺症が軽度で社会復帰できる患者は約半数と推定されています。現在でも機能予後を考えると深刻な感染症です2)。

適切な ACV による治療が行われた HSE の経過は通常単相性ですが、脳炎症状がいったん軽快した数週間後に増悪することが 5〜27%みられます。この病態機序として HSV の再活性化と免疫炎症性機序の2つが指摘されています4)。このような再燃例で HSV が検出されることはほとんどなく、高率に脳の自己抗体が検出されることから、炎症で脳組織が血中に流出することによる自己免疫の機序による脳障害が多くを占めると考えられてきました。

その中でも NMDA 受容体脳炎が注目されており、HSE の経過中 30%に NMDA 抗体が検出され、再燃例ではステロイドの投与が推奨されています4)。

菊池中央院 中川 義久
令和3年3月19日

参考文献

1 ) 中嶋 秀人:急性脳炎診療の進め方とポイント. 神経 2020 ; 37 ; 265 – 267 .
2)単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン 2017 . 日本神経感染症学会、日本神経学会、日本
神経治療学会 監修
3)森田 昭彦:単純ヘルペス脳炎の診断と治療 . Neuroinfection 2020 ; 25 ; 35 – 38 .
4)⽯川 晴美:単純ヘルペス脳炎における抗 NMDA 受容体抗体の検出 . 神経治療 2019 ;36 ; 265 – 267 .

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