新型コロナ感染症は空気感染

新型コロナ感染症は空気感染

 細菌やウイルスなどの病原体が人から人に感染する経路を感染経路と言います。感染経路は大きく、接触感染、飛沫感染、空気感染の3つに分けられます。世界保健機関(WHO)や米国疾病対策センター(USCDC)を初めとする専門機関は、日常生活における新型コロナウイルスの主要な感染経路は当初、飛沫感染と接触感染だと判断し、この感染経路に基づく感染対策が推奨されてきました。日本もそれに倣って厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症COVID-19診療の手引き」においても「患者の診療ケアにおいては,飛沫予防策と接触予防策を適切に行う必要がある」とだけ述べ,空気感染予防策はエアロゾル発生手技(気管吸引や気管内挿管)に限定しています。
 ところが、2020年7月9日に、世界各国の研究者らが連名で新型コロナウイルスが空気感染するとの書簡を専門誌上に発表し、WHOに感染対策を見直すよう求めました。その後、WHOは2021年4月30日に「ウイルスを含むエアロゾルや飛沫を吸い込む、もしくは目、鼻、口に直接入ってきたときに感染は起きます」「ウイルスは人が長時間過ごす、換気の悪い、混雑した室内環境で伝播します。これはエアロゾルが空中を浮遊し、1m以上移動するからです」として、エアロゾルがCOVID-19の伝播経路であることを認めました。そして2021年12月23日のサイトでは、「人は空中を通り過ぎる感染性粒子を、短い距離において吸入するとき、ウイルスに感染します。これはしばしば短距離エアロゾルあるいは短距離空気感染と呼ばれます」「ウイルスはまた換気の悪い混雑した屋内環境(人が長時間滞在する)で拡がります。これはエアロゾルが空中に浮遊し続け、会話の距離を越えて移動するからです。これは長距離エアロゾル、あるいは長距離空気感染と呼ばれる」と2つのタイプの空気感染を記載しました1)
 米国疾病予防管理センター(CDC)はCOVID-19のエアロゾル感染について、次のように述べています。「人は呼気時(静かな呼吸,会話,歌唱,運動,咳嗽,くしゃみ)に様々なサイズの飛沫を形成して、呼吸性分泌物を放出します。これらの飛沫はウイルスを運び、感染を伝播します。最も大きな飛沫は数秒から数分で急速に落下します。最も小さい微細な飛沫と、これらの微細な飛沫が急速に乾燥して形成されたエアロゾル粒子は非常に小さいので、数分から数時間、空中に浮遊し続けます」「換気の不適切な閉鎖空間に排気する感染者(特に運動、大声、歌唱などの活動)が長時間(15分~数時間)存在した場合には2m以上離れた人に感染伝播するのに十分な空間のウイルス濃度を引き起こします。時には感染者が離れた直後にその空間を通り過ぎた人にも伝播を起こします」2)。特別な医療行為をしなくてもエアロゾルは発生し、空気感染を起こすのです。
 では接触感染や飛沫感染で感染する確率はどれぐらいなのでしょう?
 接触感染の実験データでは、環境表面に多量のウイルスを置いて行っており,そのために数日間という生存期間が報告されていますが、実際の環境表面で検出されるウイルス量ははるかに少なく、生きたウイルスはいないという報告は多くあります3)。既にCDCは「現在の考えは、汚染された表面からの伝播は新たな感染症には寄与していないことを強く示唆します」と記載しています2)。接触感染を否定しているのです。
 飛沫感染はどうでしょうか?直ちに地表に落下する性質を持つ飛沫は直径100μm以上で、人に吸入されることはありません。飛沫感染は吸入ではなく、粘膜への付着によって起こるのです3)。どちらかというと接触感染に近いものです。接触感染で多くの人が感染するクラスターの発生は起こらないと思われます。
 向野ら3)はLancetに掲載された「SARS-CoV-2の空気感染を支持する10の科学的理由」を紹介しています。
1 大量拡散事象がコロナパンデミックの推進力
 大量拡散事象がコロナパンデミックの一番の推進力です。合唱、クルーズ船、老人ホーム、矯正施設などについて、人の行動・交流、部屋のサイズ、換気などの因子を詳細に分析した結果、長距離伝播が明らかになり、このパターンは空気感染を意味し、飛沫や接触感染では説明することができない。
2 ホテルで隣同士の人が会わないのに感染
 検疫のため、ホテルの隣同士の部屋に隔離収容された2組の入居者。部屋のドア口で1人(感染者)にPCR検査が実施され、ドアは閉められたが、そのすぐあとに隣の親子(非感染者)に対し、やはり部屋のドア口でPCR検査が実施された。そのとき換気の悪い廊下に残っていたエアロゾルを吸入して感染したと考えられる。
3 無症状者による感染が多い
 会話中に数千ものエアロゾル粒子が産生されるが、大飛沫粒子はごくわずかである。咳などのない無症状者による感染が多いということは、飛沫感染ではなく、エアロゾル感染すなわち空気感染が主であることを示唆している。
4 屋内の感染が多い
 SARS-CoV-2の感染は屋外よりも屋内で多い。屋内の換気で感染は大幅に減少する。これは空気感染が主要な感染経路であることを強く支持する所見である。
5 院内感染が多いのは空気感染対策がとられていないため
 院内感染が医療施設で報告されている。そこでは厳重な接触・飛沫感染対策がとられているが、通常、マスクはエアロゾル用ではなく飛沫用である。
6  SARS-CoV-2は空中から検出される
 生きたSARS-CoV-2が空中で検出されている。実験では,SARS-CoV-2は空中で3時間、感染性を維持し、半減期は1.1時間である。生きたSARS-CoV-2はエアロゾル発生手技をしていない病室や感染者の車の空気中からも検出された。
7 SARS-CoV-2は病院のエアフィルターから検出されている
8 動物実験でも空気感染を証明されている
9 空気感染説に反論する強力なエビデンスはない
10 飛沫・接触感染が主要な感染経路であることを明らかにした論文はない

 上記より,COVID-19の主要な伝播経路は接触・飛沫感染ではなく、エアロゾル(空気)感染であることが示唆されました。わが国では、海外の感染経路の認識と大きなギャップがあり、今後は接触・飛沫感染対策以上に、空気感染対策に注力する必要があり、厚労省の「接触感染と飛沫感染が主たる感染経路である」という見解は大きく修正されるべきであると向野らは述べています3)

令和4年7月25日
菊池中央病院 中川義久

参考文献:

1)World Health Organization (WHO), “Coronavirus disease (COVID-19): How is it transmitted?” (2021); who.int/news-room/q-a-detail/coronavirus-disease-covid-19-how-is-it-transmitted.
https://www.who.int/news-room/questions-and-answers/item/coronavirus-disease-covid-19-how-is-it-transmitted

2)S. Centers for Disease Control and Prevention (CDC), “Scientific brief: SARS-CoV-2 transmission” (2021);
www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/science/science-briefs/sars-cov-2-transmission.html

3)向野 賢治ら:COVID-19は空気感染対策に注力を . 日本医事新報 2022 ; 5125 ; 30 – 40 .