野良猫対策でトキソプラズマ減少を

野良猫対策でトキソプラズマ減少を

はじめに
トキソプラズマ症とは、トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)と呼ばれる原虫によって引き起こされる感染症の一種です。世界人口の約3人に1人、日本でも約5人に1人が感染しているという広く蔓延している感染症です。トキソプラズマはネコやヒトなど、さまざまな動物に感染性を示すことが知られています。ヒトへの感染は、主として病原体に汚染された生肉や加熱不十分な肉を食べたりすることで成立し、その他、トキソプラズマに汚染された土やネコの糞に触れたりしても成立します。

トキソプラズマのシスト(左側)と急増虫体(右側)

トキソプラズマとは
 トキソプラズマは幅3 µm、長さ5-7 µmの半円〜三日月形をした原虫です。細胞内寄生性であり、環境中で単独では増殖できません。トキソプラズマの生活環は終宿主内での有性生殖と中間宿主内での無性生殖のステージからなります。有性生殖はネコ科動物の腸管上皮内でのみ成立しますが、無性生殖はヒトや家畜など全ての温血動物で可能です。

母子感染の予防と診療に関する研究班
http://cmvtoxo.umin.jp/doctor_04.html?msclkid=a703eeebafc211eca8369eより引用

国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/3009-toxoplasma-intro.html?msclkid=9db6858cafbc11 より参照

 図の説明ですが、a)感染はネコ科動物から排出されたオーシストを経口摂取することで生じます。b)オーシストは体内に侵入し、タキゾイトとして活発に増殖します。c)免疫系の活性化に伴い、抵抗性のある組織シストを形成して内部でブラディゾイトに分化します。d)中間宿主を捕食することで、組織シストがネコ科動物に取り込まれると腸管内で有性生殖が起きます。e)組織シストは中間宿主に摂取されると新たな宿主内で再びタキゾイトとなり増殖します。f)妊娠中に初感染すると、経胎盤感染により胎児に先天性トキソプラズマ症を引き起こします。g)伝播は終宿主であるネコ科動物同士でも可能です。トキソプラズマは、ヒトやネコなど恒温動物(体温をほぼ一定に保つ動物)に感染可能ですが、実際に有性生殖ができるかどうかはネコへの感染に関わっています。トキソプラズマに初感染したネコの腸内では、感染成立から約2週間は病原体が有性生殖にて増殖します。腸内で増殖した病原体は糞など排泄物を介して周囲の環境にばらまかれる可能性があります。また、ブタなど家畜類がトキソプラズマに感染していた場合、その肉を加熱不十分な状態で食べるとヒトへの感染が成立することもあります。ほかにも、トキソプラズマに汚染された土壌や水に触れるなどして、口や目などからトキソプラズマを体内に取り込むことで感染が成立することもあります1)
 症状
 基本的に、健康な人がトキソプラズマに感染しても大事に至ることは多くはありませんが、免疫が低下している人が感染すると、病気が重篤化することがあります。また、妊婦がトキソプラズマに初めて感染すると、胎児に影響を及ぼしてTORCH症候群(子供に脳性麻痺、髄膜炎、低出生体重、痙攣、網脈絡膜炎、精神・運動機能障害、黄疸・発疹、貧血などを起こす)に進展することがあります。HIVなどのように免疫機能が著しく障害を受けると、体内に潜んでいたトキソプラズマが再活性化して、脳炎や肺炎、脈絡網膜炎などを発症したり、けいれん、意識障害、視力障害、咳などの症状を呈したりするようになります。アメリカでの統計によるとHIV感染患者の18-25%がトキソプラズマ脳炎を発症することが報告されており、本症で死亡するHIV感染者は米国で全患者の10%、欧州では30%に及ぶと報告されています2)。感染した個体はトキソプラズマを排除することができずシストとなり免疫応答が起こりにくい筋肉や中枢神経系に慢性潜伏感染します。通常時は免疫系がシスト抑えていますが、免疫不全状態になると潜伏しているシストが活発化し、重篤なトキソプラズマ脳症を発症します。元来は病原性の弱い病原体が易感染宿主で病気を起こす、典型的な日和見感染症です。
 近年、自殺率や統合失調患者の有病率とトキソプラズマ感染との相関関係が複数報告されており、健康な人が感染して身体的には無症状感染と思われても精神的変調をきたす可能性も考えられています。動物実験では脳内に寄生して神経伝達物質やホルモンを制御し終宿主であるネコに辿り着きやすいように行動変化を引き起こすという恐ろしい推論もされています3)
 検査・診断
 妊婦の感染を疑う場合、妊婦の抗体検査(IHA法、LA法など)、IgM抗体検査(ELISA法など)やIgGアビディティ(avidity,結合力)検査で、胎児の感染リスクを評価します。免疫不全者の感染を疑った場合は、髄液のPCR法などの直接病原診断が行われます。また、脳炎や脈絡網膜炎などを発症していることもあるため、必要に応じて頭部CT、MRI、眼底検査など実施します。
 治療
 トキソプラズマ症の治療では、Pyrimethamine+sulfadiazineが標準治療法です。Pyrimethamineを初日は100-200mg投与し、以後50-100mg/日を継続的に少なくとも6週間投与します。Sulfadiazineは1日4-6gを分4で投与します。これらの薬剤による骨髄障害を予防するためにfolinic acid(ロイコボリン)を10mg/日 投与します。 国内では販売されていないのでエイズ 治療薬研究班に連絡し入手する必要があります。Pyrimethamine+clindamycin(CLDM)も標準 治療法です。その他アセチルスピラマイシンなどの治療薬がありますがやはり副作用があり、体内から原虫を完全に駆逐するのは難しいです2)
 予防
 治療が難しく、ワクチンもないことより感染を予防することが重要です。トキソプラズマは自然界の恒温動物に広く感染しているため(近年、海洋生物にも感染が拡大しているようです)土壌はトキソプラズマに汚染されていると考えて、土いじりをするときは手袋をするとかきちんと手洗いすることが必要です。また、一番トキソプラズマを排泄する放し飼い猫の対策も必要で、室内猫の抗体保有率が4.8% であるのに対し、放し飼い猫の抗体保有率は8.0 ~ 10%と高く、外猫の行動範囲は半径4km以上に及ぶという報告もあり、広い範囲でトキソプラズマで汚染させている可能性があります。餌付けの禁止や、放し飼いの禁止を徹底するとともに、家畜業のねずみ対策に猫を放し飼いにしていることが多く、家畜のトキソプラズマ感染を助長するので農林水産省はこれらを禁止しています4)
 現在の日本で寄生虫に注意をはらう人は少なく、寄生虫感染は忘れられた存在ですが、トキソプラズマ症はなお重大な感染症であり、精神科領域での問題も浮上し、感染予防に努めなければいけません。

令和4年5月25日
菊池中央病院 中川義久

参考文献
1)小俣 吉孝:トキソプラズマ症 . Small Animal Clinic 2007 ; 147 ; 10 – 17 .
2)味澤 篤:HAART時代の日和見感染症 . トキソプラズマ症 . 日本エイズ学会誌 2004 ; 6 ; 22 – 23 .
3)西川 義文:難敵トキソプラズマ症に挑む . 医学会新聞 2022 ; 3462 ; 4 .
4)三條場 千寿ら:トキソプラズマ症?身近な人獣共通感染症の伝播サイクルとワンヘルスに基づいた対策の道筋 . Med  Entomol. Zool 2021 ; 72 ; 1 – 8 .