抗生剤を使用すると免疫チエックポイント阻害剤が効きにくくなる

抗生剤を使用すると免疫チエックポイント阻害剤が効きにくくなる

 がんの治療には従来、三大標準療法、すなわち外科療法、化学療法、放射線療法が適用され、多くの命を救ってきました。一方で,我が国ではがんは約40年にわたり死亡原因の一位であり続けており、その増加傾向に歯止めがかかっていません。免疫療法は、従来型の標準療法では治癒しきれない難治がんや進行がんに対する治療法として基礎研究が始まり、がんに対する第4の標準療法とみなされるようになり、なかでも近年適応範囲が急速に拡大しているのが免疫チェックポイント阻害療法(Immune Checkpoint Inhibitors以下ICI)です。
 人には免疫チェックポイント分子と呼ばれる免疫学的に抑制性の共シグナルを伝達する分子群が備えられています。これらは本来、適切なタイミングで、適切な細胞・部位に発現が誘導されることで、免疫システムの過剰な活性化や暴走を防ぐために機能していますが腫瘍微小環境中では免疫チェックポイント分子が“異常に高発現することが知られています。その結果、がん組織内には強い免疫抑制環境が形成されており、多くのがん種で治療抵抗性の大きな要因となっています。このようながんの免疫逃避機構に対して腫瘍微小環境中の免疫抑制機構を解除・軽減することを目的とした治療法が免疫ICIです1)。現在世界では抗PD-1/PD-L1の併用療法が臨床試験の多くを占めるようになり、さらには殺細胞性抗がん薬や分子標的薬を組み合わせた治療やがん遺伝子パネル検査がすでに開始されています。治療効果の向上に伴いICIを長期間使用する患者が増加することが予想されます。しかし、一方でICIには治療抵抗性を示す患者が一定数存在し、抗PD-1抗体薬に対する初期耐性率は40~65%程度と報告されています。しかしながら臨床効果を確実に予測する因子は同定されておらず、未だ不明です。バイオマーカーとしては腫瘍細胞におけるPD-L1発現が確立していますがPD-L1 が陰性でも一定の効果が得られています。近年ICIの臨床効果は腸内細菌叢に影響されるという報告がなされてきました。実際に腸内細菌叢は腸の恒常性を維持するのに不可欠なだけでなく、複雑なネットワークを介して全身の免疫系を調整しており、腸内細菌叢は毒素や酪酸、ポリアミン等の代謝産物やパターン認識受容体などを介してがんの発症および進行に影響することが報告されています2)。さらに、抗菌薬を使用していなかった患者群と比較して抗菌薬を使用していた患者群では生存期間が有意に短いことがメタ解析によって証明され、様々ながん種で報告されています3)

文献3)より転載

 赤線が抗生剤未使用で青線が抗生剤使用の生存曲線で縦軸が生存率、横軸が生存期間(週)です。抗生剤使用の青線で有意に生存期間が短縮しています。同様な報告が欧米で数件報告されています。ところで、腸内細菌叢は国によって大きく異なることが解っています。

文献4)より転載

 国別の腸内細菌叢の分布です。不思議な事に国別に腸内細菌叢が異なることが解ります。日本(JP)は赤の点ですが中国(CN)の橙色の分布と大きく異なっています。そこで本邦でもICIの効果と抗生剤投与の関係が検討されました。

文献5)より転載

 やはり欧米の報告のごとく抗生剤使用群( ATB )のほうで有意に生存期間が短縮していました。抗生剤の種類は腸内細菌に影響を及ぼしやすいβラクタム剤で関連が強かったそうです。ICIの臨床効果との関連が報告される腸内細菌はすべて嫌気性菌であり、そのうち偏性嫌気性菌は約7割を占めており、やはり嫌気性菌をカバーするような抗生剤が特に影響が大きかったそうです。抗生剤の影響はICIの投与前より、開始後1か月以内の影響が強かったそうです。原因は不明ですが整腸剤の投与がICIの効果を弱めていましたが、整腸剤が悪影響及ぼしたというより、下痢症状があって細菌叢が乱れていたのが原因と考察していました。ICIの効果に影響を及ぼすとされるプロトンポンプ阻害剤6)は今回の検討では影響はありませんでした。
 現在、ある種の細菌がICIの効果に関わっており、また、多彩な菌が存在することもICIの効果に関わってくることも報告されており1)、糞便細菌叢解析がICIの効果予想になるのではないかと研究がすすんでいるところです。

令和7年7月15日  菊池中央病院 中川 義久

参考文献

1)安達 圭志ら:がんに対する免疫チェックポイント阻害療法と関連する腸内細菌叢 . 腸内細菌学雑誌 2021 ; 35 ; 143 – 145 .
2)栗原 新:大腸腸管内腔におけるポリアミンとヒト健康との関連 . 日本抗加齢学会誌 2013 ; 9 ; 38 – 44 .
3)Louis Gaucher et al : Associations between dysbiosis-inducing drugs, overall survival and tumor response in patients treated with immune checkpoint inhibitors. Ther Adv Med Oncol. 2021 Mar 15;13:17588359211000591. doi: 10.1177/17588359211000591 .
4)日本人の腸内細菌、その特徴はなに? 米国や中国となぜ違う?腸内細菌のゲノム解析(1)国際比較から見えてくるもの
https://www.asahi.com/relife/article/14339144#:~:text=%E8%85%B8%E5%86%85%E3%81%AB%E3%81%96%E3%81%A3%E3%81%A8%EF%BC%91%E5%8D%83%E7%A8%AE%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%81%E3%81%93%E3%81%AE%E7%B4%B0%E8%8F%8C%E7%BE%A4%E3%80%81%E5%9B%BD%E3%81%AB%E3%82%88%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%8C%E5%AD%98%E5%9C%A8%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82%
5)南島 拓矢ら:免疫チェックポイント阻害薬の有効性および安全性に対する抗菌薬使用の影響 . 医療薬学 2022 ; 48 ; 173 – 193 .
6)越智 宣昭ら:免疫チェックポイント阻害薬の効果予測因子 . 肺癌 2022 ; 62 ; 355 – 362 .