アルツハイマー型認知症の原因はヘルペスウイルス?
2024年に著明な医学誌Nature Medicineに掲載された研究で、米国で65歳以上を対象に調べたところ、組み換え帯状疱疹ワクチン(シングリックス)を接種した人は、従来の生ワクチン(ゾスタバックスなど)を接種した人と比べて、6年以内に認知症と診断されるリスクが有意に低かった(診断されずに過ごせる期間が17%延びた)と報告されました1)。また同様に帯状疱疹ワクチンが認知症を予防したという論文が複数報告されています2)。この認知症予防効果は女性に顕著でしたが、男性にも効果が認められました。その機序として帯状疱疹の原因ウイルス(VZV)は神経に潜み、再活性化すると慢性炎症を起こします。シングリックスはその再活性化を強力に抑え、脳の炎症を防ぐ機序と、シングリックスには免疫を強く刺激する成分(アジュバント)が入っており、免疫細胞を活性化し、結果として脳細胞を守る働いた機序が考えられています1)。 さて、今までアルツハイマー型認知症の原因は異常なアミロイドβ蛋白とタウ蛋白が蓄積することが原因ではないか?と考えられてきました。2006年に発表された論文がその理由です。ただ、アルツハイマー病の患者にこれらが蓄積していることは事実だけど、それだけでは因果関係があるとは言えないため、いずれの説も仮説とされており、本当の原因はまだ明らかではないという考えでした。ただこのアミロイドβ蛋白とタウ蛋白蓄積説が最も有力なアルツハイマー病の原因とされてきました。

アミロイドプラークは神経細胞の外、神経原線維変化は神経細胞の中に蓄積しています
文献3)より転載。
しかし、この実験系はその後の研究者の追試で再現性がなく、ついに2022年この論文はデータ捏造という報告がなされてしまいました4)。実際、死亡後に脳の解剖をしてみるとアミロイドが多量に蓄積している人でもアルツハイマー病を発症してなかった人がいることも解ってきました。またアルツハイマー病の本当の原因は混沌となりました。
アルツハイマー型認知症の原因は2006年頃よりヘルペスウイルスが原因ではないかという報告がなされていました。しかし、この当時はアミロイドβ蓄積説が有力であまり顧みられることはありませんでした。しかし近年になりヘルペスウイルス原因説を示唆させる報告が相次いでいます5)6)。アルツハイマー病の患者さんの死後検体からヘルペスウイル1型が検出されるのは1991年から報告されていました。ヘルペスウイルは健常な人の脳からも発見されますがアルツハイマーの患者さんからの脳から多く検出されてきました。さらにアルツハイマーの死後脳の90%からヘルペスウイルスが検出され、特にアミロイドプラークの中から72%が検出されました。ヘルペスウイルスとアミロイド沈着の関係性はこの時点では不明でした。マウスの実験でアミロイド蛋白はヘルペスウイルの複製を防ぎ、脳細胞への侵入を防ぐ役割を担っていることが解りました5)。つまりアミロイドはヘルペス感染の防御的役割として脳内に出現している可能性が示唆されました。マウスの詳細な検討では、ヘルペスウイルス感染によって分泌されるインターフェロンγがアミロイド沈着に関係することがわかりました5)。アルツハイマーになりやすいと言われるAPOE4(アポリポたんぱくE、アルツハイマー病の6割の人が持っていると言われる遺伝子)はマウスの実験でヘルペスウイルス感染への脆弱性をしめす遺伝子であることも解ってきました4)。
人での検討で抗ヘルペスウイルスであるvalacyclovirの長期投与でアルツハイマー病の進展を抑えられたという報告もあり、現在大規模試験がなされているところです。また、現在原因微生物としてはヘルペスウイルス1型が多く報告されていますが、ヘルペスウイルス6型やその他のヘルペスウイルスやクラミジア感染4)の可能性も疑われていますがこれらの関与はまだ不明です。
Lancetが委託した新たな研究で、認知症は45%は遅らせたり軽減したりできる可能性があることが明らかになりました6)。特に中年期(18歳~65歳)にほとんどのリスク要因に対処することが、その後の人生における認知症の発症を遅らせたり予防したりする上で最も大きな影響を与えることが示されました。例えば、難聴(7%)、LDLコレステロール値の高さ(7%)、うつ病(3%)、外傷性脳損傷(3%)、運動不足(2%)、糖尿病(2%)、喫煙(2%)、高血圧(2%)などです。もしかしたらこれらの認知症の危険因子はヘルペスウイルスの脳での再活性化をうながすものなのかもしれません。
令和7年7月7日 菊池中央病院 中川 義久
参考文献
1)Taquet M et al : The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia . nature medicine 2024 30 ; 2777 – 2781 .
2)Taquet M et al : Lower risk of dementia with AS01 adjuvanted vaccination against shingles and respiratory syncytial virus infections . npj | vaccines 2025 ; 10 ; 1 – 6 .
3)Alzheimer’s Disease: Is a Dysfunctional Mevalonate Biosynthetic Pathway the Master-Inducer of Deleterious Changes in Cell Physiology? Article in OBM Neurobiology · October 2019 DOI: 10.21926/obm.neurobiol.1904046
4)Blots on a field? A neuroscience image sleuth finds signs of fabrication in scores of
Alzheimer’sarticles, threatening a reigning theory of the disease21 Jul 20222:03 PM ETByCharles Piller
https://www.science.org/content/article/potential-fabrication-research-images-threatens-key-theory-alzheimers-disease
5)Wainberg M et al : The viral hypothesis: how herpesviruses may contribute to Alzheimer’s disease . Molecular Psychiatry 2021; 26 : 5476 – 5480 .
https://doi.org/10.1038/s41380-021-01138-6
6)Rizzo R : Controversial role of herpesviruses inAlzheimer’s disease . PLOS Pathogens 2020 ; 18 ; 1 – 5 .
https://doi.org/10.1371/journal.ppat.1008575
6)Lancet Commission identifies two new risk factors for dementia and suggests 45% of cases could be delayed or reduced
https://www.alzint.org/news-events/news/lancet-commission-identifies-two-new-risk-factors-for-dementia-and-suggests-45-of-cases-could-be-delayed-or-reduced/