増加している百日咳の問題
全国で百日咳が増加しています。

文献1)より引用
2025年の今年は一番上のオレンジの実線ですが第12週まで漸増しています。

文献1)より引用
一番下の2025年は薄い緑色の10歳から19歳の人の増加が顕著で、その次は5歳から9歳までの児童で、この両者で75%程度を占めています。
しかし百日咳の診断は難しいです。

日本呼吸器学会ホームぺージより引用
まず臨床的に疑ったら抗原検査を考えます。培養は実臨床では施行が難しく、百日咳の診断は、まず発症後3週間以内であれば抗原検索が考えられます。しかし近年の報告では菌が多い発症14日までが検出限界で、検査感度(LAMP法)が34%であったというデータもあり2)あまり過大の期待はできません。またクリニックなどで使用される迅速抗原検査の偽陽性率が高い( 39.6% ) という報告もあり過剰診断の危険もあります3)。
2週間を過ぎると血清診断が考えられますが、従来、百日咳抗体 IgA、IgMを採血で検査していましたが、I近年、I g M抗体は健常な子供でも陽性率が高く、30%が陽性であったという報告もあり、またI g A 抗体は中高年で陽性率が高く、また小児ではIgA抗体が陽性になりにくいとの指摘もあり、この2つの検査法も問題があることが解ってきました。したがってPT-IgGを測定しますが、 単血清で100 倍以上の陽性でない限りペア血清での判定が必要であり実臨床ではあまり使用されていません。またワクチン接種の影響も受けることより注意が必要です2)。

文献3)より転載
PT IgG の診断基準

文献3)より転載
このように百日咳は診断がとても難しく、また、臨床的にも成人の場合は無症状の人や軽い咳程度の人もいるので臨床診断も容易ではありません。診断的治療も考えられますが、20歳以上の人で長引く咳の原因としての百日咳はさほど頻度が高いものではなく、またマクロライド系抗菌薬の流通不足や耐性化を考えるとあまり安易に処方すべきではないと思われます。
百日咳の治療は咳嗽発作、呼吸症状に対しては対症療法となります。病初期であればマクロライドは速やかに感染性を失わせ、除菌に有効ですが、発症から3週間を経過した痙咳期以降の病態改善効果は限定的で、成人百日咳への効果は不明です。但し成人百日咳は感染源にはなりうるので、集団感染が疑われる場合マクロライドの予防的投与は行われます5)。
近年、海外ではマクロライド耐性百日咳菌が問題となっており、特に中国では大半がマクロライド耐性となっているようです。macrolide-resistant B. pertussis :MRBPと略されます5)。本邦でも相次いでMRBPの報告があり、現在かなりの確率でMRBPであろうと考えられています6)。マクロライド系抗菌薬が無効なMRBP感染症の治療には、代替薬としてST合剤の使用が推奨されています6)。また、ミノサイクリンやキノロン系抗菌薬に対しても感受性が確認されているため、ST合剤が使用できない患者にはこれらの薬剤が選択肢となるかもしれません6)。ただし、すでにキノロン耐性となった小児由来株が既に複数報告されており、キノロン系抗菌薬無効の可能性もあります。また推奨されているST合剤も実臨床での有効性の検討はまだなく効果は限定的かもしれません。
このように百日咳の診断・治療は難しいです。最近、テレビの報道を見て中高年のかたで百日咳を心配して受診されるかたが多いですが、中高年の報告数は多くなく、また診断も難しいことを説明し過度に心配しないように説明しています。
また百日咳ワクチンが品薄になり日本感染症学会は乳児や妊婦などへの優先接種を呼び掛けています7)。
令和7年6月2日 菊池中央病院 中川 義久
参考文献
1)国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト
https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ha/pertussis/020/2504_pertussis_RA.html
2)発熱外来でCOVID-19陰性の人は百日咳が多い?
https://nobuokakai.ecnet.jp/info/topic/1787/
3)百日咳菌抗原キット「リポテスト百日咳」の精度評価と偽陽性原因の探索
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202318017A-buntan1.pdf
4)百日咳の検査診断
https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/kikikanri/R1/2-01.pdf
5)菊池 賢:成人百日咳 その診断と治療 . 日内会誌 2012 ; 101 ; 3129 – 3133 .
6)国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト
https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ha/pertussis/020/2504_pertussis_RA.html
7)「百日咳流行に伴うワクチン接種に関するお願い」(2025年5月21日掲載)