食品取扱者の便のサルモネラ陽性者

食品取扱者の便のサルモネラ陽性者

 時々外来に定期的に行っている便検査でサルモネラ菌が陽性に出たので除菌してほしいという方が来られます。果たして無症状の人のサルモネラ菌を除菌すべきでしょうか。

文献1)より転載

 サルモネラは熱性疾患であるチフス症を起こすチフス性サルモネラと下痢、腹痛などの胃腸炎症状を起こす非チフス性サルモネラに分かれます。腸チフス、パラチフスは三類感染症に位置づけられており、患者、無症状病原体保有者、及び死亡者(死亡疑い例を含む)を診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なける義務があります。しかし近年国内発症はなくほとんど輸入感染症です。渡航者の不明熱で重篤であれば血液培養を行うことが肝要です。
 通常サルモネラというと、非チフス性サルモネラの事を指します。菌は細菌性食中毒の原因としてもっとも重要な嫌気性グラム陰性桿菌のうちのひとつで、鶏卵、食肉、ペットの接触など広い範囲の感染源から感染しえます。サルモネラの宿主域は極めて広く、ヒトをはじめ各種の哺乳類,鳥類,爬虫類が感染または保有しています。食中毒を起こす菌型は、S.enteritidis(サルモネラ腸炎菌)やS.typhimurium(ネズミチフス菌)など約100の血清型が存在します。感染源としてS.enteritidisは鶏卵の卵殻内汚染、鶏肉、飼料汚染などが指摘されており、S.arizonae はペットのカメがしばしば保有しています2)。サルモネラ腸炎は8〜72時間の潜伏期間をおいて悪心・嘔吐、下痢、腹痛などの症状で発症し、発熱を伴う例も多くみられます。サルモネラ腸炎は細菌性腸炎の中でも重症例が多く、下痢などの経過も長いこと、除菌までの期間が長いことなどが特徴としてあげられています。また、菌血症も起こしやすく、腸管サルモネラ腸炎患者の最大約8%に発症するといわれており、他の細菌性腸炎と比較して高率です。このようにサルモネラ胃腸炎は重篤ですが、その治療は抗生剤を使わない対症療法が勧められています。その理由は抗生剤を投与することで腸内細菌叢が乱れて余計にサルモネラ菌の排出が長引くという説もあるからですが、菌血症を起こしているものや基礎疾患のある人は抗生剤の使用が勧められ、第一選択はLVFX経口投与、第二選択はceftriaxone(CTRX)静脈点滴が推奨されています3)
 さて、健康で症状のない人の便からどれぐらいの頻度でサルモネラ菌が検出されるのでしょう。2019年は0.1226%と報告されており、ここ数年で微増傾向にあります4)
 食品取扱者の無症状者からサルモネラ菌が検出されても抗生剤の投与は必要ないと思いがちですが、これは食品衛生法で定められており必ず医師の診断を受けること、と記載されています。小規模な飲食店やファミリレストラン、ファーストフードなど全ての調理施設は食品衛生法に沿った衛生管理を推進していかなければならないのです5)。近年、食品衛生法の改正が行われ、その規制はやや緩くなっていますが、最終的には事業主が決定することなので、健康保菌者が除菌してほしいと受診された場合はやはり抗生剤を投与してあげるのが必要なようです1)。第一選択はレボフロキサシン、第二選択はアジスロマイシンで投与期間は3~7日間とされています1)。除菌後の陰性確認は義務ではありませんが事業主の指示に従うほうが良いでしょう1)

令和6年12月18日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

1)小西 典子:サルモネラ菌. ドクターサロン 2024 ; 68 ; 26 – 31 .
2)安岐 佳子ら:菌血症をきたしたサルモネラ腸炎を発症した妊婦の一例 . 現代産婦人科 2021 ; 70 ; 7 – 11 .
3)山﨑 悠華ら:食中毒等事例における有症者由来カンピロバクター, サルモネラ属菌,下痢原性大腸菌の薬剤耐性状況 . 日本食品微生物学会雑誌 2023 ; 40 ; 63 – 67 .
4)馬場 洋一ら:2017年から2019年に食品取り扱い従事者糞便から検出されたサルモネラ属菌の血清型と薬剤耐性の検討 . 日本食品微生物学会雑誌 2022 ; 39 ; 99 – 107 .
5)食品従事者の健康管理 ~特に腸管系病原菌保菌者検査について~
https://www.kenko-kenbi.or.jp/