妊婦さんはQ熱感染に注意
Q熱はリケッチアやレジオネラに近縁なコクシエラ属のCoxiella burnetii(以下コクシエラ)の保菌動物である野生動物や家畜、ペットなどからヒトへ感染して発症する人畜共通感染症です。コクシエラはリケッチアやクラミジアなどと同様に偏性細胞内寄生性(別の生物の細胞内でのみ増殖可能で、それ自身が単独では増殖できない微生物のこと)ですが、リケッチアやクラミジアがほぼ単一の宿主に寄生するのとは異なってコクシエラは感染宿主域が極めて広範であると共に、熱や乾燥、消毒剤、紫外線などに対する抵抗性が強いためヒトへの感染力は極めて強いと言われています1)。
文献1)より参照
保菌動物はほとんどが無症状です。本菌は通常、動物が妊娠した際に胎盤で増殖し、流産・出産時に周囲に散布されます。こうした排泄物や分泌物が放置されると乾燥し、やがて崩壊 して生ずるエアゾルをヒトが経気道性に吸入すると呼吸器感染症の形でQ熱 が発症します。エアゾルは風に乗って飛散するため動物との直接接触がなくとも容易に感染する一方、ヒトからヒトへの感染は稀です。欧米では酪農場などの周囲で大規模な範囲での流行が続いています2)。本邦でのQ熱の報告は稀ですが、欧米では市中肺炎の数%を占める普遍的な感染症として認識されるとともに、急性気道炎や急性気管支炎の段階で自然治癒する例の多いことや不顕性感染の例が多いことも知られています。本邦と欧米の頻度の差の原因は不明ですが、渡辺らの検討では2)、見逃されている例が多く、本邦でも欧米同様の頻度で発生している可能性を示しています。肺炎起炎菌の第4~6位を占める頻度の高い起炎菌とも述べられています1)。
感染経路は動物で汚染されたコクシエラのエアゾル吸入が大半と考えられていますが、稀には未殺菌の動物乳やペットからの接触~経口感染も報告されています3)。
Q熱の病型は急性型と慢性型に分かれています。スイスでの集団発生例時の調査結果では感染確認された415名のうち、54%が不顕性感染で、顕性感染者2%の8名が入院治療を受けたのみでした。このことからも、感染後の経過はさまざまで重篤化することは極めて稀であると考えられています3)。
報告例の少ない理由としては、その診断の難しさがあります。
文献1)より
本邦での抗体価測定はやや不確実であり、またPCRによる診断は研究目的でのみ行われています。疑わしい例は保健所に相談するとPCRが可能かもしれません。いずれにしろ現状では臨床診断になります4)。
Q熱はほとんどが軽症の発熱疾患で、テトラサイクリンやマクロライド系抗生剤が有効なのでさほど深刻に考える必要はないかもしれませんが、問題なのは妊婦さんへの感染です。妊婦さんが感染した場合はより不顕性感染になりやすく、気づかないうちに感染していることが多いです。しかしコクシエラは胎盤に親和性が強く、妊娠早期では流産になり後期では胎児死亡、奇形の原因になります5)。感染しないように注意する必要があります。
本邦では稀ですが、6カ月以上にわたる長期間の経過をとるコクシエラ感染症を慢性Q熱と呼び、その多くが感染後数カ月ないし数年の経過で,心内膜炎,動脈炎,骨髄炎,肝炎などの形で緩やかに発症します。本邦では長期間にわたる不定愁訴の持続で慢性Q熱と診断され、抗菌薬の長期投与により症状の改善が認められている例が報告されていますが、慢性Q熱の実態はよくわかっていません。欧米ではワクチンがありますが本邦にはありません。
令和6年12月6日
菊池中央病院 中川 義久
参考文献
1)渡辺 彰:Q熱 . 日内会誌 2005 ; 94 ; 2313 – 2318 .
2)Parker N et al ; Q fever . Lancet 2006 ; 367 : 679 – 688 .
3)渡辺 彰:Q熱の疫学診断 化学療法―Common diseaseとしての新たな認識の必要性 . 日本化学療法学会誌 2003 ; 51 ; 462 – 469 .
4)小宮 智義:Q熱診断の現状 . モダンメディア 2004 ; 50 ; 127 – 132 .
5)Million M et al : Recent advances in the study of Q fever epidemiology, diagnosis and management . Journal of Infection 2015 ; 71 ; 52 – 59 .