Film Array 呼吸器パネルの使い方
肺炎診療において原因微生物の同定は基本で、それによって治療法が変わってきます。肺炎においては喀痰培養で原因菌検索がなされてきましたが、検出率が悪く、40%程度が原因不明とされてきました。また、培養検査によらない近年の遺伝子工学的手法の発展に伴い市中肺炎の患者の約30~50 % でウイルスが検出されたと報告されています1)2)。いままで肺炎の原因として細菌が重要視されてきましたが、ウイルスもまた同様に重要視する必要がでてきました。
「成人肺炎診療ガイドライン2024」3)の改訂においてはCAPの検出微生物に関してシステマティックレビューが行われました。PCRを用いた検討ではヒトエンテロウイルス(human enterovirus:HEV)/ヒトライノウイルス(human rhinovirus:HRV):9.4%、ヒトメタニューモウイルス(human metapneumovirus:hMPV):4.6%、RSウイルス(respiratory syncytial virus:RSV):4.2%と複数のウイルスを認めており3),PCR等の遺伝子診断の普及によって,将来的にCAPの疫学が大きく変わると考えられています4)。
そのような背景のもとにFilmArray®(フィルムアレイ)呼吸器パネルが登場しました。フィルムアレイとは、PCR技術をベースにした分子診断装置で、複数の病原体を同時に迅速に検出することが可能です。主に呼吸器感染症、胃腸感染症、髄膜炎、脳炎などの診断に使用されており、1時間以内に結果が得られるため、早期治療の開始を可能にします。 FilmArray®呼吸器パネル2.1は、 鼻咽頭拭い液を用いて以下に示す18種類のウイルスと4種類の細菌の遺伝子を同時に検出することができます。
FilmArray®呼吸器パネル2.1による肺炎の検査
https://hokuto.app/post/zzzIhCt0zZHF1WMavgOf より参照
フィルムアレイのメリットとして以下のものがあります
- 迅速かつ正確な診断:フィルムアレイは、従来の培養検査やPCR検査よりも短時間で結果を提供できます。これにより、患者の診断と治療が迅速に行われ、特に救急医療の現場で有用です
- 包括的な病原体検出:一度の検査で複数の病原体を検出できるため、非特異的な症状を持つ患者に対しても正確な診断が可能です。例えば、呼吸器パネルではRSウイルスだけでなく、インフルエンザや他のウイルスも同時に特定できます
- 操作の簡便さ:専用のカートリッジにサンプルをセットし、装置に挿入するだけで自動的に検査が進行するため、特別な技術が不要です。これにより、小規模な医療施設でも簡単に導入できます。
- 感染症管理の向上:迅速な診断により、適切な感染管理策を迅速に講じることができ、院内感染の防止や治療の最適化が図れます
フィルムアレイのデメリットとして以下のものがあります
- コストの問題:フィルムアレイ装置の初期導入費用は高額であり、さらに専用カートリッジのランニングコストもかかります。各カートリッジの価格は1万円から数万円程度であり、頻繁な検査が必要な場合、費用がかさむ可能性があります
- 残存遺伝物質による偽陽性のリスク:フィルムアレイは高感度であり、感染が治癒した後でも残存する遺伝物質を検出することがあります。これにより、感染が終息している患者でも陽性結果が出ることがあり、臨床的な解釈が必要です
- 保険適用の制限:日本では、フィルムアレイによる検査が保険適用されるかどうかは検査の種類や状況によります。全ての検査が保険適用となるわけではなく、自己負担となる場合もあるため、患者への費用負担を考慮する必要があります。保険適応は重症の新生児呼吸器疾患や感染症専門医の常在する施設に限定されるなど、厳しく制限されています4)。
米国胸部疾患学会のステートメントでは、重症肺炎や免疫不全宿主に発生した原因不明の肺炎での使用が推奨されています5)。
日本呼吸器学会の成人肺炎診療ガイドラインでは、肺炎診療において多項目遺伝子検査は推奨されるか、という項目がありますが、結果はそれを用いても生命予後は改善しない。抗菌薬の使用率の減少は明らかでない。医療費がかかるデメリットはあるが検査を施行する害はないということで弱い推奨になっています。そもそもウイルス肺炎で治療薬があるのはインフルエンザとSARS-CoV2 、サイトメガロウイルスのみで、その他のウイルス肺炎を診断するメリットはあまりないように思われます。また、鼻咽頭で検出されたウイルスが本当に肺炎の原因とは言い切れないと思われます。現状では一般臨床で使用する機会はないと思われますが市中肺炎診療においてもウイルス肺炎を念頭におくという意味でインパクトのある検査方法と思われます6)。
近年の肺炎診療は大きく変わろうとしています。欧米の肺炎の総説において、肺炎診療では喀痰グラム染色や喀痰培養、血液培養は推奨も否定もしないという意見が述べられていました(重症肺炎は別です)。検査感度が悪いからです7)。また、正常肺胞は実は無菌状態ではなく雑多な菌が同居しているとのことです。この「微生物のコミュニテイーが炎症などで乱されたときに各々の菌の ポテンシャルが高まり菌が群雄割拠して肺炎を起こす」と記載されています。 市中肺炎の病原菌の多くは正常肺の微生物叢で局所環境の変化でこれらの 一部が過剰成長するとも記載されています。 そう考えるとウイルスが肺炎に多く関わっているというのもある程度理解されるところです。
令和6年11月20日
菊地中央病院 中川 義久
参考文献
1)File MT et al ; Community-Acquired Pneumonia . NEJM 2023 ; 389 : 632 – 641 .
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcp2303286
2)Alimi Y et al : Systematic review of respiratory viral pathogens identified in adults with community-acquired pneumonia in Europe . J Clin Virol 2017 ; 95 ; 26 – 35 .
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7185624/
3)日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン2024作成委員会:成人肺炎診療ガイドライン2024. 日本呼吸器学会 2024 .
4)体外診断用医薬品に係る保険適用決定区分及び保険点数
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000558331.pdf
5)Evans SE et al ; Nucleic Acid–based Testing for Noninfluenza Viral Pathogens in Adults with Suspected Community-acquired Pneumonia. An Official American Thoracic Society Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med 2021 ; 203 ; 1070 – 1087 .
https://www.atsjournals.org/doi/full/10.1164/rccm.202102-0498ST
6)品川 尚文:日常臨床におけるFilmArray®呼吸器パネルの使いどころについて . 日本医事新報 2024 ; 5237 ; 50 – 51 .
7)Aliberti S et ai ; Community-acquired pneumonia (Seminar). Lancet 2021 ; 398 ; -906 – 919 .
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)00630-9/abstract