猫ひっかき病の非定型例の診断は難しい
猫ひっかき病(cat scratch disease:CSD)は,主にBartonella henselaeによる人畜共通感染症です。グラム陰性桿菌であるBartonella 属の菌は20種類が知られていますが、ヒトに病原性を示すのは7菌種です。ヒトに固有の菌種は2菌種で、ヒトと動物に感染する人獣共通の菌種は5菌種です。主にCSDをおこすB.henselaeの宿主はネコであり、感染したネコは通常無症状で長期にわたり菌血症を繰り返します。ネコ間の感染は,ネコノミによって媒介されます。ヒトへの感染はB. henselaeに感染したネコにひっかかれたり噛まれることによっておこります1)。しかし吉田らの63例の検討2)では、発症原因は猫によるひっかき傷が49.2%、咬傷が3.2%であり、猫による外傷の既往がない接触のみが41.2%と多くを占めているのが注目です。また、3.2%は猫ノミに刺されることにより、猫ノミからヒトへ感染したと思われる症例でした。一方、犬との接触による感染例は3.2%であり、犬も感染源になり得ることが判明しています。
猫ひっかき病の原因(文献2より転載)
CSDの定型例ではネコの掻傷や咬傷により感染を起こし、受傷部位の所属リンパ節と発熱を主症状とし、発熱は約30%に認められます。全身倦怠感・悪心・嘔吐・頭痛も多く伴います。リンパ節の腫脹部位は腋窩が最も多く、頸部や鼠径部にも認められます。
猫ひっかき病の臨床像と腫大した腋窩リンパ節(文献2)より転載)
本邦でのCSDの年間発生数は少なくとも1万人以上と推定され、全年齢層に発生しますが小児の割合が多く、15歳以下の症例が45~50%を占めると報告されています1)。発生には季節性がみられ,夏から秋に多く,10月にピークがみられます。猫のB. henselae の保菌率が西日本に高く、東日本で低いことに関連し、本症の報告は西日本に多く、北海道や東北地方からの報告はまれです。明らかな猫のひっかき傷や咬傷があり定型的な症状があれば診断は容易でしょうが、免疫が完成していない小児や、免疫が低下した高齢者などに感染が成立すると、菌が血中に入り、全身にばらまかれ、心内膜症3)、脳症や視神経網膜炎4)、肝・脾肉芽腫をともなった全身性の猫ひっかき病5)、下痢と咳のみを訴えた例6)、血小板減少症等の多彩な症状を呈します。CSDにおいて、リンパ節腫脹を認めない非定型例となる要因や視神経網膜炎を発症する機序についてはまだ明らかにされていませんが、CSDは宿主と細菌側のバランスによってさまざまな臨床経過や臓器障害を伴うと考えらえており、視神経網膜炎を合併した症例の眼底では、網膜出血、視神経線維層の破綻、眼底全体の浮腫、蛍光色素による血管造影では血管漏出を認めるなどの所見があり、微生物の直接的侵襲よりは宿主の免疫応答により、眼底において特異的に血管炎が生じているのではないかと推測されています4)。典型的なCSDにおいても通常の抗生剤投与で改善がなく、ステロイドの併用で改善した例の報告もあります7)。この例ではsIL-2Rが高値を示し、T細胞の活性化が病態に影響を及ぼしたものと考察しています。小児では成人より非定型な症状を呈することが多く、小児の不明熱に関する疫学研究では全体の23%を感染性疾患が占め、そのなかではCSDが最多であり、不明熱の小児例では、局所のリンパ節腫脹を認めなくても網羅科的検索を行い、視力低下や視神経網膜炎の所見を認めた場合はCSDを疑い、積極的に鑑別していく必要があるとも言われています4)。また眼科領域からは視神経網膜炎を呈した感染症のうち、その2/3をCSDが占めるとの報告もあります4)。
近年、バルトネラ抗原とした免疫蛍光抗体法(IFA)が開発され、本菌に対する血清抗体測定が可能になりました。IFAでは、IgG型抗体が64倍以上を陽性としますが、IgG型抗体は猫や犬と接触がある健常人でも少数ながら抗体陽性(64~256倍)がみられるので、単一血清で感染を証明するには512倍以上の抗体上昇を確認する必要があります。ペア血清では、2管( 4倍)以上の抗体価の変動(上昇または低下)を確認する必要があります。IFA法は特異度は優れていますが、感度は良くなく、多くの症例が見逃されていると思われます8)。
CSDに対して抗菌薬を使用することにより、症状の軽減や病期の短縮が期待できます。クラリスロマイシン、アジスロマイシン、ミノマイシン、シプロフロキサシンなどが有効です。一方、難治例に対しては注射針による膿汁の吸引が有効です2)。
令和6年9月13日
菊池中央病院 中川 義久
参考文献
1)吉田 博ら:ネコひっかき病の臨床的検討. 感染症誌 2010 ; 84 ; 292 – 295 .
2)吉田 博:猫ひっかき病を見逃さないために
http://zoonosis.jp/docs/oh_08.pdf
3)関山 沙央理ら:バルトネラ感染による血液培養陰性感染性心内膜炎を呈した血液透析患者の1例 . 透析会誌 2019 ; 52 ; 109 – 114 .
4)宮城 恵ら:発熱と視神経網膜炎のみを呈した10歳女児が発端となった猫ひっかき病の家族内発症 . 小児感染免疫 2015 ; 27 ; 285 – 289 .
5)石原 亮ら:肝臓脾臓型猫ひっかき病の1例 . 日消誌 2023;120:190―198
6)大石 俊之ら:リンパ節腫大を伴わず発熱・下痢・咳症状が認められた非定型的猫ひっかき病の一例 . 2018 ; 67 ; 15 – 91 .
7)幸道 和樹ら:ステロイド治療が奏功した猫ひっかき病の1女児例 . 北部医療センター誌 2019 ; 5 ; 54 – 57 .
8)柳原 正志:猫ひっかき病抗体陰性患者からのBartonella henselae DNAの検出.山口医学 2020 ; 69 : 5 – 11