少しでも迷ったら破傷風トキソイド筋注

少しでも迷ったら破傷風トキソイド筋注

 破傷風は、破傷風菌(Clostridium tetani) が産生する破傷風毒素により発症する感染症で、 3 ~ 21 日間程度の潜伏期を経て、開口障害や痙笑、嚥下困難等の症状で発症します。重篤な場合は後弓反張や、強直性けいれん、呼吸筋麻痺による呼吸困難や窒息死に至ることもあります。破傷風菌は世界中の土壌中に芽胞の形で存在しており、傷口から侵入した芽胞はその後発芽、増殖して破傷風毒素を産生します。わが国では、平成23(2011)年の東日本大震災の際の受傷をきっかけとして、10 人が破傷風を発症しましたが、そのほとんどは高齢者で、破傷風ワクチンを受けている世代での発症はありませんでした。現在も国内ワクチン未接種世代(昭和 43(1968)年から接種開始)を中心に年間 100人以上の患者発生があり、定期接種としてのきちんとしたワクチン接種は重要であり、定期接種年齢外でもハイリスク者の場合には接種しておくことが必要です1)。 1968年以前に生まれた人(現在53歳)は破傷風に対して全く無防備の状態です。外傷後に破傷風を発症するか否かを予想することは困難であり、 わが国では破傷風トキソイドワクチンおよび抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG)の投与基準は明確なものがないのが現状です。しかし、報告例の中には軽微な創傷により発症している例2)や、仙骨の褥瘡から感染した例3)、軽微な皮膚病変から感染した例4)、腹部手術で感染した例5)、 感染経路が不明の例6)もあり注意が必要です。
 アメリカでは American College of Surgeons(ACS)が破傷風をおこす可能性があるか否か判定できるように、 創部の性状から基準を作成しています。

文献2)より参照

(TId : 破傷風トキソイド、TIG : 抗破傷風ヒト免疫グロブリン)

文献2)より参照

 破傷風抗毒素抗体価は約 10 年で発症防御レベルを下回るといわれているため、 過去の予防接種の有無、 最後の予防接種時期を確かめることが重要です。過去の予防接種から10 年以上経過している場合は破傷風トキソイドワクチンの追加接種が必要となります。
 外傷後でなくても以下のような人たちは定期的接種が望まれます。                 
・ 過去の予防接種歴から破傷風抗原を含むワクチンを接種していない医療従事者もしくは規定量・回数の接種が行われていない医療関係者
・ 外傷などを被る危険性が高い医療関係者
・ 災害医療に従事する可能性が高い医療関係者
接種不適当者は以下のものが挙げられています。
(1) 明らかな発熱を呈している者
(2) 重篤な急性疾患にかかっていることが明らかな者
(3) 当該ワクチンの成分によってアナフィラキシーを呈したことがあることが明らかな者
(4) 上記に掲げる者のほか,予防接種を行うことが不適当な状態にある者
副反応は以下のものがあります。
重大な副反応ショック、アナフィラキシー(0.1%未満) ショック、アナフィラキシー(全身発赤、呼吸困難、血管浮腫等)があらわれることがあるので、接種後は観察を十分に行い、異常が認められた場合には適切な処置を行うこと。
その他の副反応
全身症状(頻度不明) 発熱、悪寒、頭痛、倦怠感、下痢、めまい、関節痛等を認めることがありますが、いずれも一過性で 2~3 日中に消失します。
 局所症状(頻度不明) 発赤、腫脹、疼痛、硬結等を認めることがありますが、いずれも一過性で 2~3 日中に消失します。ただし、局所の硬結は 1~2 週間残存することがあります。また、2 回以上の被接種者には、ときに著しい局所反応を呈することがありますが、通常、数日中に消失します。
 破傷風の診断は特別な検査はなく、臨床的症状のみでなされます。しかし、当初は首のこわりや嚥下困難などの不定な症状が多く、脳梗塞と誤診された例も報告されており、おそらく肺炎やけいれんなどと診断され死亡している例も少なくないと思われます。外傷後の軽微な傷も破傷風にならないということはなく、これをきっかけにして破傷風トキソイドの基礎免疫をするというふうに考えた方が良いでしょう。患者さんへの説明は、破傷風は発症したら何カ月も苦しむ病気で、しかも意識はなくなりません。医療費も人工呼吸や気管切開をしたりすると莫大な医療費がかかるし、救命できても重い障害がのこる人が多い大変な病気です。予防接種をすれば100%ではないが発症はかなり少なくなります。渡航ワクチンなら3000円ぐらいしますが、怪我をした時なら保険が利くので100円ぐらいで行えます。だから予防接種を勧めます。としています。また、医療訴訟的にもワクチン接種を勧めることで医者は大きなリスクを避けることができます。     

 接種スケジュールは受傷直後に0.5 ml 皮下もしくは筋注し、3~8週間後に2回目の接種。6か月以上経って(平均12~18か月)3回目を接種して終了です。これで10年間は免疫が持続します。

令和6年7月4日
菊地中央病院  中川 義久

参考文献

1)梅本 大地ら:当院における破傷風 11 例の臨床的検討 . 臨床神経 2021 ; 61 ; 537 – 542 .
2)垣 明歩ら:軽微な創傷に発生した破傷風 2 例の経験 . 日救急医会関東誌 2022 ; 43 ; 154 – 158 .
3)小田 有哉ら:褥瘡に対して破傷風予防は必要か?褥瘡・肺炎で入院加療中に発症した破傷風の 1 例 . 日救急医会関東誌 2022 ; 43 ; 140 – 142 .
4)髙橋 詩乃ら:脂漏性⾓化症が侵⼊⾨⼾と考えられた破傷⾵の 1 例 . ⽇救急医会誌. 2023 ; 34 ; 45 – 48 .
5)今井 正之ら:明らかな外傷歴のない破傷風の1例 . 日口診誌 2020 ; 33 ; 20 – 26 .
伊原 史英ら:明らかな外傷を認めなかった破傷風の2例 . 日耳鼻 2014 ; 117 ; 41 – 45 .