腟トリコモナスとマイコプラズマジェニタリウム同時核酸検出が可能になりました
尿道炎は男性の性感染症のなかで、もっとも頻度の高い疾患です。尿道炎は従来より、淋菌の有無により淋菌性尿道炎と非淋菌性尿道炎(non-gonococcal urethritis: NGU)に分類されてきました。NGUには数多くの微生物が関与している可能性がありますが、このなかでもっとも頻度高く分離される微生物がChlamydia trachomatisです。およそ50%のNGU症例の尿検体からC. trachomatisが検出され、この尿道炎をクラミジア性尿道炎(chlamydial urethritis)と呼んでいます。これら以外の尿道炎、すなわち淋菌もC. trachomatisも分離されない尿道炎は非クラミジア性非淋菌性尿道炎(non-chlamydial NGU: NCNGU)と呼ばれるようになりました。NCNGU症例の尿検体からは、さまざまな微生物が分離されることが明らかになっており、このなかでもっとも研究が進み、その病原性が明らかとなっているものがマイコプラズマ・ジェニタリウム(Mycoplasma genitalium : M . genitalium) です1)。本菌は淋菌やクラミジアと混合感染することもあります。マイコプラズマ肺炎の原因となるM. pneumoniaeとは極めて近縁の菌です。すなわちグラム陽性の細菌で、細胞壁を持たず、ペプチドグリカンを合成しません。その大きさは一般の細菌の1 / 10 で自己増殖できる細菌の中で最小です。本菌は多様で弾力性のある形態をとることができ、さまざまな環境に適応し、ヒトの細胞内に侵入することができます。さらに、細胞壁がないため、細菌の細胞壁に正確に作用する抗生物質に対する耐性があります2)。
世界最小の生物:細菌マイコプラズマ・ジェニタリウム
https://note.com/nn1112/n/naff64074ce66より転載
本菌は瓢箪のような形をしており、細い方の体を人間の細胞に付着させることが出来ます。本菌の培養は極めて難しく、培養細胞を用いると可能ですが、それは研究施設では可能ですが、一般診療では使用できませんでした。しかしPCR法の開発によって多くの臨床研究が可能になりました。
マイコプラズマ・ジェニタリウムは男性の尿道、前立腺、MSM( Men who have Sex with Men) の直腸、女性性器に感染し、男性には、つぎのような症状が現れることがあります。
• 排尿時の痛み • ペニスからの分泌物 、直腸に感染した人には、• 肛門内部の痛みまたは炎症・かゆみ • 肛門出血。
女性には、つぎのような症状が現れることがあります:
• 下腹部の痛み • セックス中の痛み • 異常なおりものの分泌 • 排尿時の痛み • 膣からの不正出血などです。
マイコプラズマ・ジェニタリウムは先述したように細胞壁を有していないために、βラクタム剤は無効で、マクロライドやミノサイクリンやキノロンが有効と考えられてきました。しかし、欧米では高度のマクロライド耐性株やキノロン耐性株が報告されており、多剤耐性菌の様相を呈しています。本邦での推奨は、最初にドキシサイクリンを投与し、その後にアジスロマイシンかシタフロキサシンを投与することで有効性は92 ~ 94 % が得られると報告されています。治療開始前に本菌感染症の診断なしに抗生剤治療開始すると治療失敗例が多発し、また多剤耐性を誘導する可能性があり、クラミジアと淋菌が陰性の非クラミジア性非淋菌性尿道炎(non-chlamydial NGU: NCNGU)の症例はマイコプラズマ・ジェニタリウムの検索が重要です3)。
膣トリコモナス( Tricomonas vaginalis)は原虫という寄生虫です。トリコモナスは、0.1mmの大きさで、顕微鏡でやっと見つけられるくらいの大きさです。
Medical Notehttps://medicalnote.jp/contents/151130-000043-RMWIVZより参照
トリコモナス原虫は運動、摂食、消化、代謝、栄養貯蔵、生殖、排泄というように「生き物」としての活動をしています。ヒトに寄生するトリコモナスは腟や尿道に生着します。
世界保健機関(WHO)が2016年に15歳~49歳を対象にした調査報告によると、新規の性感染症患者数は、トリコモナス感染症が1億5600万人、クラミジア感染症が1億2700万人、淋病が8700万人と世界で最も多い性感染症とされています4)。アメリカのSTD Surveillance Networkに参加している15のSTDクリニックでの研究によると、膣トリコモナスの有病率は、症状のある女性では26%、無症状の女性で6.5%、HIV感染の女性で29%でした。女性の感染のピークは21〜22歳と48〜51歳の二峰性に発生しています。男性の有病率は3.7%であり、年齢層別では40〜49歳の男性にピークが見られたと報告されています。また、トリコモナスに感染した女性の性的パートナーの男性70%にトリコモナスの感染が認められています4)。
男性の症状は、4人中3人が無症状であり、症状があっても一過性で、10日くらいで自然に軽快することが多いです。症状がある場合は、排尿時痛、排尿時の違和感、粘液膿性の尿道分泌物です。また、性交後の陰茎に軽度の掻痒や灼熱感がある場合もあります。また、前立腺炎、亀頭包皮炎、精巣上体炎、不妊症に発展することがあります。症状が軽くなったのは治癒したのではなく、そのまま保菌状態となり、やがて慢性前立腺炎などに発展していくことがあります。
女性の症状は、急性で重度の炎症から無症候性キャリアの状態まで様々です。急性炎症の症状は、灼熱感、そう痒感、排尿障害、頻尿、下腹部痛、性交痛で、おりものは、化膿性、悪臭のある分泌物です。しかし、感染が証明されている女性でも、このような典型的な症状を示すのはわずか11〜17パーセントと言われています。慢性的になると、症状は軽くなり、そう痒感や性交痛があるくらいで、膣分泌物も少量になります。感染した女性の70〜85%は無症候性に経過し、最終的に症状を発症していきます。無症候性の保菌状態は、長期間(少なくとも3か月)続く可能性があります。したがって、いつ、誰から感染したのかを確認できないことがよくあります。
治療は①妊娠していない女性とセックスパートナーの治療:フラジール内服錠(250㎎) 2錠 分2食後 10日間内服。②難治性の場合:フラジール内服錠(250㎎) 2錠 分2食後 10日間内服。+フラジール腟錠(250㎎) 1錠 1日1回 10~14日間 腟内挿入。③妊娠中(3か月以内)の場合・授乳中の場合:フラジール腟錠(250㎎) 1錠 1日1回 10~14日間 腟内挿入。この治療で90~95%が治ります4)。
今回保険適応となった、腟トリコモナス核酸及びマイコプラズマ・ジェニタリウム同時核酸検出は、リアルタイムPCR 法により、腟トリコモナス感染症を疑う患者であって、鏡検が陰性又は実施できないもの又はマイコプラズマ・ジェニタリウム感染症を疑う患者に対して治療法選択のために実施した場合及び腟トリコモナス感染症又はマイコプラズマ・ジェニタリウム感染症の患者に対して治療効果判定のために実施した場合に算定する。と性感染症学会からの通知に記載されています5)。検査料は35000円です。米国の研究では膣トリコモナスの一致率は98.0 % 、マイコプラズマ・ジェニタリウムの一致率は97.1% 、と優れた成績になっています。
本検査はあくまでクラミジア・トラコマティスと淋菌が陰性であることを前提として提出するか、または両者のどちらかが陽性で、適切な治療を行っても1~2週後に症状の改善がないときは混合感染を疑い提出し、腟トリコモナス核酸及びマイコプラズマ・ジェニタリウムどちらかが陽性であった場合、適切な治療を行った後に2週間以上間隔を空けて、治癒確認の検査をするように推奨してあります6)。
令和6年2月16日
菊地中央病院 中川 義久
参考文献
1) 伊藤 晋ら:尿道炎の多彩な原因微生物 . 日本医師会雑誌 2018 ; 146 ; 2484 .
2) 濱砂 良一:マイコプラズマ・ジェニタリウム感染症の診断と治療 . 日本医師会雑誌 2018 ; 146 ; 2489 – 2492 .
3) 濱砂 良一:性感染症としてのマイコプラズマ . モダンメデイア 2020 ; 66 ; 281 – 288 .
4) 予防会https://yoboukai.co.jp/article/1522
5) 臨床検査の保険適用についてhttps://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000942907.pdf
6) 山岸 由佳:腟トリコモナス核酸及びマイコプラズマ・ジェニタリウム同時核酸検出キットcobas TV / MG . モダンメデイア 2023 ; 69 ; 121 – 126 .