ペルーでギランバレー症候群激増中
南米ペルー政府は11日までに、筋力低下や感覚まひが起きる神経疾患ギラン・バレー症候群の発症が増加し死者も出ているとして、全土に保健衛生に関する90日間の緊急事態を宣言しました(2023年07月12日共同通信社) 。ギラン・バレー症候群(Guillain-Barre syndrome (以下GBS))とは、キャンピロバクター腸炎後(32%)、マイコプラズマ肺炎後(5%)、ヘモフィルス気管支炎後(3%)、サイトメガロ感染後(3%)(括弧内の数字は GBS の病原菌判明したものの割合です)などに罹り改善したのち1~3 週後に突然発症する四肢筋力低下を主とする末梢神経の病気です1)。末梢神経とは脳や脊髄などの中枢神経から、手足、目、耳、皮膚、内臓など全身に広がっている神経のことで、脳の命令を手足に伝えたり、その逆に、目や耳、皮膚などで得た情報(刺激)を脳に伝えるといった働きをしています。末梢神経障害とは、脊髄神経根・脳神経根と、それより末梢に位置する神経線維及び神経細胞体に主病変が存在する疾患を指します。この末梢神経の抗原とキャンピロバクターやマイコプラズマの抗原が類似しているためにこれらの病原体に対する抗体産生が自分の末梢神経も攻撃してしまうのが GBS の病態です2)。液性免疫について、細胞表面の糖脂質に対する免疫反応が同定されていますが、末梢神経を標的とする細胞性免疫については、明らかな標的抗原は解っていません。GBSでは40~70%の症例で発症前4週間以内の先行感染を来していますが病原体の同定が出来るのは10~20%と低いです。カンピロバクター腸炎後1000人に 1 人ぐらいの確率で発症するのではないかと推測されています。症状は1ヶ月以内にピークに達し、呼吸障害や高度の自律神経障害で死亡することもあります。GBS の年間発症率は10万人あたり1~2人であり、まれな病気と思われがちですが、小児から高齢者までのあらゆる年代で発症するため、各人が生涯を通じて罹患する頻度は約1000人に1人とかなり高い病気なのです。現在、GBS は急に四肢が動きづらくなった病気の原因として最も頻度の高い病気であると言われています。
男女比は 1.5 : 1 とやや男性に多い傾向があります。症状は、運動麻痺(筋力低下)優位の末梢神経障害で、腱反射消失、感覚障害、自律神経障害ならびに各種の脳神経麻痺(顔面神経麻痺,眼筋麻痺ならびに嚥下・構音障害等を来たします3)。しかし近年の報告では腱反射が亢進する例もあるそうですが、そうなると診断は難しくなるでしょう。参考にする診断基準としてBrighton criteria があります4)。
GBSの血中抗糖脂質抗体、特にガングリオシドに対する抗体の上昇が有用な検査として用いられるようになっており、約60%の陽性率であり、陰性でもGBSを否定することはできませんが、陽性であれば強くGBSの可能性を示唆します。各種の感染症の刺激でガングリオシド抗体が産生されますが、ガングリオシドには多くの分子種があり、その神経の局在も分子種によって異なっています。したがって産生される分子種によって異なる臨床像となります。
GBSの抗糖脂質抗体と臨床的特徴及び抗原の局在の関連(文献3)より転載)
看護 roo! より転載
抗糖質抗体(抗ガングリオシド抗体)の種類と、それによって攻撃される末梢神経の部位が異なることによりGBSが多彩な症状を呈することが解ってきました3)。
さてペルーでのGBSの多発発生の原因は新たな感染微生物の出現か、コロナ後の感染症の多発によるものか不明ですが、日本でも起こりうる事で注意が必要です。
厚生労働省 カンピロバクター食中毒予防について(Q&A) (mhlw.go.jp) より転載
図は本邦におけるカンピロバクター腸炎の年次発生推移です。令和2年から著明に減少しており、これはコロナ蔓延の自粛によりバーベキューや外食が減ったことによる影響と思われます。今後、レジャーが解禁されることによりカンピロバクター腸炎の増加が予想され、それに伴いGBSの発生が増加する可能性があります。また、現在、インフルエンザやヘルパンギーナなども感染増加が報告されておりこれらの感染後のGBSの増加も危惧されます。
GBS は以前考えられていたような予後のよい病気ではないこともわかってきました。約 15~20%は発症から6ヶ月経過後も独歩不能であり、死亡率は3~7%と報告されています。 死因として多いのは呼吸器障害・呼吸器感染・自律神経障害・心停止で、GBS の急性期から回復期いずれの過程でも死亡にいたる可能性がありますが、特に発症から30日以上経過後や回復期に多いとされています。また、筋力低下や感覚異常,精神状態変容が残存し、38%の症例は GBS のために仕事内容の変更を余儀なくされ、37%は肉体的または精神的サポートを要するためパートナーの生活を変更する必要があると報告されています。このように GBS は治療によって症状が軽快しても,GBS 発症前と比べ日常生活に支障をきたす例が多いことには留意する必要があります。
GBS の治療は自己免疫疾患であることより副腎皮質ホルモンが考えられますがその効果は否定されています。現在有効な治療は血液浄化療法と免疫グロブリン大量静注療法ですが、いずれの治療も高額で大変な治療法です。また GBS は軽症なものから重症なものまで非常に幅が広く、GBS 全例にこの 2 つのどちらかの治療を行うのは不可能で合理的ではありません。専門医が予後予測因子5)を分析し治療を決定します。GBS は早期に治療の必要性を判断しなくてはならず、感染症を診療する医師は GBS を見逃さず早期に疑い専門医に紹介する必要のある疾患です。
令和5年8月1日
菊池中央病院 中川義久
参考文献
1)感染症の後遺症、ギランバレー症候群
2)海田 賢一:ギラン・バレー症候群,フィッシャー症候群:抗ガングリオシド抗体の神経障害作用 . 臨床神経学 2012 ; 52 ; 914 – 916 .
3)楠 進:免疫性末梢神経障害の病態と治療 . 日内会誌 2019 ; 108 ; 481 – 485 .
4)難波 雄亮ら:進行する手足のしびれ . プライマリ・ケア 2023 ; 8 ; 10 – 16 .
5)山岸 裕子ら:ギラン・バレー症候群の予後と予後予測因子 . 臨床神経学 2020 ; 60 ; 247 – 252 .