非結核性抗酸菌症とアスペルギルス
非結核性抗酸菌症(nontuberculous mycobacteria : NTM)とは、結核菌以外の抗酸菌の感染によって起こる慢性の呼吸器疾患で、ヒトーヒト感染を起こさない非感染性の抗酸菌感染症です。非結核性の抗酸菌には多くの種類がありますが、日本国内では、MAC症(Mycobacterium avium-intracellular)とM.kansaii症が大半を占めています。その割合は、MAC症が非結核性抗酸菌症のおよそ70%を占めており、続くkansasiiと合わせると全体の90%以上を占めています。
我が国の肺NTM症は1970年以降増加が続いており、1990年以降の増加が顕著であることが解っています。2014年に日本医療研究開発機構による全国調査が行われ、罹患率は菌陽性の肺結核を超えて我が国の肺NTM症は新たな時代へ移ったことが明らかになりました。
文献1)より転載。
肺NTM症自体は前からある病気で、結核のように伝染性がないため、治療の必要はないと昔は放置されることが多かったのです。不治の病とされていた結核の治療を重視するあまり、どうしても肺NTM症は軽視されていた時代があったのです。
なぜ肺NTM症が増加しているかは良くわかっていませんが、高齢化、医師の関心の高まり、健診の発達、検査法の進歩、結核の減少による抗酸菌免疫の低下、生活習慣の変化(シャワーを使うようになったなど)などが考えられています1)。
肺NTM症の大半を占める肺MAC症患者の発見のきっかけとしては,自覚症状,検診での胸部異常陰影,他の肺疾患の経過観察中などがあります。自覚症状は,咳嗽,喀痰,血痰,微熱など非特異的であり,画像検査と併せて初めて肺MAC症を疑うことになります。
肺MAC症は画像所見によって,中葉舌区に多発する小粒状陰影や気管支拡張所見を呈する結節・気管支拡張(nodular bronchiectatic:NB)型と、上葉を中心に空洞を呈する線維空洞(fibrocavitary:FC)型の2病型に大別されます。
NB型は、肺MAC症に比較的特徴的な所見ですが、M. abscessusやM. kansasiiなど他のNTMや緑膿菌などの細菌による慢性気道感染症全般、副鼻腔気管支症候群、関節リウマチ(rheumatoid arthritis:RA)の気道病変などの非感染性の疾患も同様の所見を呈するため鑑別が必要です。FC型は結核類似型とも呼ばれるように画像所見は結核に類似します2)。
肺MAC症はまだ治癒可能な疾患ではありません。大多数は緩徐な慢性経過をたどり、増悪、改善を繰り返しながら悪化していきます。しかし自然緩解もまれではありません。肺MAC症に伴う致死率は5年で5.4%、10年で15.7% で空洞所見があると致死率は5年で17.1%、10年で38.9%に達しており、予後不良疾患です3)。
アスペルギルス属真菌は環境中に普遍的に存在する環境棲息菌で、その呼吸器感染症の大部分は日和見感染症として理解されています。なかでも血液疾患、免疫抑制剤の投与などの全身性免疫能低下に伴う特殊病態下で発病する侵襲性肺アスペルギルス症の致死率は 64% と報告されており重症呼吸器感染症の一つです。また陳旧性肺結核、」非結核性抗酸菌症肺など肺構造の改変による局所の防御能低下に伴って続発するアスペルギルス感染症は、長期間の観察では多彩な臨床症状・画像所見を呈し予後不良であることが報告されています4)。
肺アスペルギルス症の診断は難しく、肺MAC症により破壊された肺胞~気管支内に感染、増殖しても気づかれずに経過観察されることがあり肺MAC症の予後不良の一因となります。特に肺MAC症は肺内の気流の悪さが他の気管支拡張症より著明で、アスペルギルスが定着されやすいと推測されています5)。肺MAC症の3.9 ~ 6.8 %にアスペルギルス感染を合併するとされ、さらに多くの症例が見逃されていると考えられ、これらの合併例では抗真菌剤が67 % で有効とされており両者の合併を見逃すことは患者にとって大きな不利益となります。
医師は肺MAC症を疑った時にはアスペルギルスの合併感染に注意すべきで、また逆に肺アスペルギルス症を疑ったら肺MAC症を鑑別診断に上げなければいけません。また、肺MAC症と診断された患者さんはアスペルギルスの吸入を防ぐような工夫が必要でしょう。
令和5年7月5日
菊池中央病院 中川 義久
参考文献
1)森本 耕三:非結核抗酸菌症の現状 疫学や病因など、特に肺MAC症について . 日本医事新報 2016 ; 4810 ; 26 – 32 .
2)北田 清悟:肺MAC症の早期診断 . 日本医事新報 2016 ; 4810 ; 33 – 38 .
3)藤田 昌樹:非結核抗酸菌症の現状 . 日内会誌 2023 ; 112 ; 490 – 494 .
4)藤内 智:既存肺疾患に続発した肺アスペルギルス感染症の検討 . 日呼吸会誌 2004 ; 42 ; 865 – 870
5)H Krunst et al : Nontuberculous mycobacterial disease and Aspergillus-related lung disease in bronchiectasis . Eur Respir J 2006; 28: 352–357 .
DOI: 10.1183/09031936.06.0013900
6)石川 成範ら:肺アスペルギルス症を合併した非結核性抗酸菌症の臨床的検討 . Kekkaku 2011 ; 86 ; 781 – 785 .