見逃されている家族性地中海熱

見逃されている家族性地中海熱

 家族性地中海熱(familial Mediterranean fever ; 以下FMF)は繰り返す発熱と漿膜炎発作を特徴とする常染色体劣性遺伝性の自己炎症疾患です。病名の通り地中海民族に多い疾患で、かつては本邦では極めて稀と考えられていましたが、責任遺伝子であるMEFV((familial Mediterranean fever gen)が同定され、本邦でも遺伝子変異を伴う症例の報告が増加しています。本疾患は一般内科、小児科をはじめ、感染症科、膠原病内科、総合診療科など様々な診療科を受診する可能性があり、原因不明の発熱を繰り返す患者に遭遇した場合、一度は疑う必要のある疾患です。
 FMF を含む自己炎症疾患は、自然免疫系の異常を背景として全身性の炎症を繰り返し、発熱のほか腹痛、関節痛、皮疹など疾患により多様な症状を呈します。自己抗体や自己反応性T細胞などは検出されません。狭義の自己炎症疾患(遺伝性周期熱)では、疾患遺伝子が同定されており、遺伝子異常が病態に関与します。FMF は最も代表的な自己炎症疾患です。
 ところで、近年では炎症が病態の中心と考えられる痛風/偽痛風、炎症性腸疾患、ベーチェット病なども広義の自己炎症疾患に分類されるなど、疾患概念は広がりを見せています。しかし、実際には多くの疾患で自己免疫(獲得免疫)、自己炎症(自然免疫)が様々な割合で関与していると考えられています1)

文献1)より転載


 FMF は周期性発熱・漿膜炎発作を特徴とし、典型例では72時間以内に自然軽快する発作を繰り返します。病態には MEFV 遺伝子の産物であるパイリンの機能異常が関与しています。MEFV 遺伝子の病的変異が存在することによってパイリンのリン酸化が阻害され、パイリンインフラマソームが活性化され、炎症性サイトカインであるインターロイキン(IL)-1β の産生が誘導され、炎症が誘導されることが解っています。本邦の推定患者数は約500名とされていましたが、実際にはより多くの未発症または軽症患者が存在すると考えられています1)
 周期的発熱が FMF を疑う必須症状です。その特徴は① 繰り返す② 短期間の③ 自然軽快するであり、突然高熱が出現し、無治療でも数日以内に解熱しますが、同様のパターンで発熱発作を繰り返します。このように、いわゆる“On”と“Off”がはっきりしていることが典型的なFMF の発作パターンです。発作の間隔は1-2か月おきの例が多いですが、毎週のように繰り返す例から数か月に1回程度の例まで幅広いです。1回の発作の持続期間は12~72時間が典型的です。患者によっては発作のトリガーとなるものが存在する場合があり,過労やストレスを挙げる患者が多いです。女性であれば月経が関連することがあり、50%が関連するという報告もあり2)、産婦人科を最初に受診するケースもあります3)4)。月経周期で発作症状が出現する原因として、エストロゲン分泌量の減少が考えられています。IL-1 抑制効果があるエストロゲンの減少により、炎症抑制効果が弱まることで、発作が誘発されると考えられています。逆に妊娠中はエストロゲンが大量分泌されるので発作症状が消失、もしくは緩和される傾向があると言われています5)。腹膜炎による腹痛は発熱に次いで多く見られる症状です。腹部全体にわたる、反跳痛や筋性防御などの腹膜刺激症状を伴う腹痛が典型ですが、部位が限局的、あるいは診察時に腹膜刺激症状がはっきりしない例もあります。非常に強い腹痛を呈するため、原因不明のまま急性腹症として開腹手術が行われた例も存在します6)7)。胸膜炎による胸痛も主要な症状です。関節炎は膝、足、股関節といった下肢の単関節炎(滑膜炎)として出現する場合が多いです。その他の症状として、丹毒様紅斑、心外膜炎、精巣漿膜炎、無菌性髄膜炎などがあります。近年、消化管病変を伴う症例の報告が増えてきました。繰り返す発熱、腹痛、下痢などから炎症性腸疾患が疑われるものの典型的な内視鏡所見や病理所見が認められず、副腎皮質ステロイド、メサラジンなどの治療に抵抗性を示します。症状は数日以内に改善しますが再発を繰り返し、コルヒチンの投与により症状だけでなく内視鏡所見も改善するというものです8)。つまり漿膜炎のみならず、消化管内の粘膜病変も来しうるということです。
 発作期には炎症反応が上昇しますがCRP、SAA の上昇、血沈の亢進といった非特異的なもので、発作期に上昇した炎症反応は発作間歇期には基本的に消失します。白血球数も増加することが多いです。

厚生労働省研究班の FMF 診断基準

1 .臨床所見
①必須項目:12 時間から 72 時間続く 38℃以上の発熱を 3 回以上繰り返す.発熱時には,CRP や血清アミロイド A(SAA)などの炎症検査所見の著明な上昇を認める.発作間歇期にはこれらが消失する.
②補助項目
i)発熱時の随伴症状として以下のいずれかを認める.
a.非限局性の腹膜炎による腹痛
b.胸膜炎による胸背部痛
c.関節炎
d.心膜炎
e.精巣漿膜炎
f.髄膜炎による頭痛
ii)コルヒチンの予防内服によって発作が消失あるいは軽減する.

2 .MEFV 遺伝子解析
①臨床所見で必須項目と、補助項目のいずれか1項目以上を認める場合に、臨床的に FMF典型例と診断する.
②繰り返す発熱のみ,あるいは補助項目のどれか1項目以上を有するなど、非典型的症状を示す症例については、MEFV遺伝子の解析を行い、以下の場合にFMF あるいは FMF 非典型例と診断する.
i)Exon 10 の変異(M694I,M680I,M694V,V726A)(ヘテロの変異を含む)を認めた場合にはFMF と診断する.
ii)Exon 10 以外の変異(E84K,E148Q,L110P-E148Q,P369S-R408Q,R202Q,G304R,S503C)(ヘテロの変異を含む)を認め、コルヒチンの診断的投与で反応があった場合には、FMF 非典型例とする.
iii)変異がないが、コルヒチンの診断的投与で反応があった場合にはFMF 非典型例とする.

 診断基準はいくつかありますが、本邦で良く使用される厚生労働省の基準を紙示します。典型例であれば遺伝子診断は必要がないことを示しています。というのもFMFの遺伝子異常はこれまで300種類以上の変異が見つかっており、そのどれもが同等の意義付けではないこと、健常者でも一定の割合で保有している変異もあること、逆に変異が同定できない FMF 症例も存在すること、などが挙げられています。FMF は臨床診断が基本なのです。

 診断ガイドラインを示します。MEFV遺伝子の10 個のexonのうち、exon 10 の保因患者はほとんどの場合典型的な FMFの臨床像を示し、コルヒチンの有効性も高くこの変異の存在は FMF の有力な診断根拠となります。一方で exon 2の変異は本邦で最もよく見られますが、発作頻度が他の変異より低く症状も軽い例が多いという特徴があり、その他のexon の変異と同様にその存在がすぐFMFの診断に結びつかないのです。正常人の20%に認められる変異もあります。

 地中海沿岸のFMF患者と本邦の患者の比較を示します。この臨床症状の差異は遺伝子異常の差によるものと思われます。
 鑑別疾患として重要なのは多くありますが、ベーチェット病は臨床症状のほか、コルヒチンが有効である点、地中海沿岸地域に好発する点など FMFとの共通項が多く、ベーチェット病患者では健常者に比べ有意に MEFV 遺伝子変異を有する頻度が高いとする報告やFMF とベーチェット病の合併例などの報告もあり、近縁疾患と考えられます1)。高齢者では感染症や悪性腫瘍の存在を否定しなければなりません。
 FMFの頻回の発作は患者のQOL を損ない、突然の発作で学校や職場での人間関係ひいては人生設計に影響を与えることもあり、発作間欠期は無症状であることから詐病の疑いをかけられたりすることもあり、繰り返す発熱患者を診察した場合は念頭におくべき疾患です。

令和5年6月13日  
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

  1. )岸田 大ら:家族性地中海熱の診断と治療 . 信州医誌 2019 ; 67 ; 229 – 240 .
  2. )荻田 千愛ら:当科で家族性地中海熱と診断された7例の症例検討.日臨免疫会誌2017 ; 40 ; 21 – 27 . 
  3. )佐藤 洋志ら:月経周期に一致した発熱を契機に発見された家族性地中海熱の 1 例 .日内会誌 2014 ; 103 ; 149 – 151 .
  4. )7奥山 慎ら:月経周期と一致する発熱から家族性地中海熱の診断に至った2例 . 日内会誌 2019 ; 108 ; 986 – 991 . 1
  5. )荻田 千愛ら:当科で家族性地中海熱と診断された 7 例の症例検討 . Jpn. J Clin. Immunol 2017 ;40 ; 21 – 27 .
  6. )矢崎 正英:家族性地中海熱 . 信州医誌 2007 ; 55 ; 173 – 180 .
  7. )川崎 健太郎ら:15年間診断されず腹痛発作に対し3回の腹部手術を受けた家族性地中海熱の1例 . 日臨外会誌2019 ; 80 ; 1909 – 1913 . 
  8. )仲瀬 裕志:家族性地中海熱遺伝子関連の消化管病変 . 日本消化器内視鏡誌 2019 ; 61 ; 2455 – 2465 .