アニサキス急増中
全国各地でアニサキス食中毒が激増しています。ここ数年でその数は一気に増え、5年前からは食中毒の原因のワースト1位にもなっています。厚生労働省の速報によると今年はさらに激増し、すでに124件のアニサキス食中毒が発生しています(2022年6月8日時点)。なぜ近年増加しているのでしょうか?
アニサキスは、幼虫(体長2~3センチ)が魚介類の内臓に寄生し、鮮度が落ちると筋肉に移動しやすく人がそれを生で食べると、数時間後から激しい腹痛や嘔吐などの症状が出ます。原因食品はサバが最も多く、サンマやサケ、アジ、イカなどでも起こります。シメサバによる報告も目立つように、酢では予防できません。日本各地で水揚げされたマサバを検索すると 74.3%にアニサキスが寄生しており、平均寄生数はさば 1 匹あたり 22 匹のアニサキスがいたそうです1)。ここ10年ほどの報告急増は、13年から法令改正でアニサキスによる食中毒が届け出対象に明示されたのも一因ですが、背景にあるのが生の魚介類の流通の多様化で、大手の量販店や鮮魚専門店が市場の競りを介さず産地の業者から直接買い付ける「相対取引」などが盛んになり、消費者の口に入るまでの経路が複雑になっているのも1因と考えられています1)。魚の輸送技術の発達も、アニサキス増加の原因と考えられます。魚が死んで古くなってくると、魚身に移動します。-20度で24時間以上冷凍すると死にますが、近年は冷蔵状態で長時間の輸送が可能になったため、幼虫が魚身に移動しやすくなっています。さらに、本年度のアニサキス症発生例の中で目立つのがイワシの刺身が原因となっているものです。アニサキス症の発生の増減には、水揚げ時期や海水温などいろいろな要因があるといわれているのですが、今年はそこに「イワシの豊漁」というファクターが関連しているという説があります2)。またイワシにもアニサキスが寄生することを知らない人が無防備に生食するため多く発症していることも考えられます。
また、鯨の数の増加や、地球温暖化によって鯨や魚の回遊ルートが変わり、水揚げされる魚がアニサキスの卵を含む、鯨のフンを食べる機会が増えたことも関係している可能性も考えられています。面白いことにクロマグロからはアニサキスほとんど検出されませんが、同じサバ科の回遊魚であるカツオにおいてはアニサキスが高率に寄生しており、カツオのたたきの喫食での発症も増加しています。その原因として、カツオが水深200 mくらいまで潜り回遊することが報告され、深海魚に寄生するアニサキスがカツオにも寄生することが明らかとなっています3)。2018年の調査ではカツオ60匹中58匹からアニサキスが検出され、うち35匹に筋肉内に寄生していたそうです3)。
内閣府食品安全委員会 ファクトシート「アニサキス症(概要)」
https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/factsheets_anisakidae.pdfより転載
アニサキスとは、その終宿主がクジラなどの大型の海洋哺乳類であるため、これらの動物が保護で増加すると、糞中から排泄されるアニサキスの卵が海洋中に増加し、それを食べたオキアミが増加し、世界中でアニサキスが増加することになります。
厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000042953.html より転載
アニサキス症は胃アニサキス症と腸アニサキス症があり、感作の有無により緩和型と激症型があります。症状の特徴は、初感染では無症状ですが、再感染で感作されている場合は、6 時間前後で 1 型アレルギー反応に起因する激しい心窩部痛が発生します。多くは胃アニサキス症ですが、虫体が小腸まで到達すると腹痛のみならずイレウスを惹起することがあり、緊急手術をされそこで初めて診断される例も散見されます。この痛みは噛みつかれた痛みではなく、アレルギー反応で胃壁にヒスタミンなどが集まり、それによる痛みとされています。アニサキス症はアナフィラキシーの原因としても重要で、アナフィラキシー全体の23.3%でアニサキスが原因で、高齢者に限ると32.0%と最も多い原因だったという報告もあります5)。アナフィラキシーに続発して心筋梗塞を併発することもあり注意が必要です6)。
治療は基本的には胃アニサキス症では胃カメラで取り除く方法が確実ですが、それが嫌な場合や出来ないときは、抗アレルギー剤(強力ミノファーゲンC:SMNC)40 mL を 1 回静注するとともに プレドニゾロン5 mg / 日を 4 日間経口投与することにより、胃アニサキス症の腹痛が速やかに軽快するという報告もあります7)。また小腸アニサキス症の頻度は低いですが手術も考慮されるほど重篤化することもありますが、高気圧酸素療法やガストログラフィン内服で治療した報告もあります8)。
アニサキスに感染しない工夫は、アニサキスは24時間以上の冷凍(魚の中心温度がマイナス20℃以下)や60℃, 1分間で死滅することから,最も効果的な方法は冷凍処理と加熱調理です。どうしても生食したいときはできるだけ鮮度の良いものを選び、速やかに内臓を取り除く、また内臓を生で食べない、良く噛んでアニサキスも噛み潰す、などが言われています1)。近年、電気エネルギーを用いて3分間で魚肉のアニサキスを殺す方法が研究され実用間近とのことで期待されます。
令和4年7月4日
菊池中央病院
中川 義久
参考文献:
1)アニサキス症が急増しています
2)2022年に入りアニサキス中毒事故が増加中 原因はイワシの豊漁?
https://tsurinews.jp/207939/
3)鈴木 淳:アニサキスによる食中毒とその原因食品 . 日本食品微生物学会雑誌 2020 ; 37 ; 122 – 125 .
4)鈴木 淳:わが国におけるアニサキス症の現状と対策 . モダンメディア2020 ; 66 ; 165 – 170 .
5)宇野 知輝ら:昭和大学病院における成人アナフィラキシー症例の臨床的特徴のライフステージ別調査 . 日臨救急医会誌 2021 ; 24 ; 761 – 772 .
6)野崎(岡田)侑衣ら:ST上昇型心筋梗塞を疑われたアニサキスアレルギーによるKounis症候群の1例 . 日内会 2021 ; 110 ; 802 – 809 .
7)山本 馨:アニサキス症のユニークで簡便な治療法 . 日医誌 2012 ; 8 ; 179 – 180 .
8)松倉 史朗ら:高気圧酸素療法が奏功した小腸アニサキス症による腸閉塞の1例 . 日本腹部救急医学 . 2017 ; 37 ; 631 – 635 .