動物の出産に関連して発熱!!―ブルセラ症―

動物の出産に関連して発熱!!―ブルセラ症―

 

 ブルセラ症(Brucellosis)は、ブルセラ属菌(Brucella spp.)により引き起こされる世界的に重要な人獣共通感染症です。食料や社会・経済面で動物への依存が強い国や地域、家畜衛生対策が進んでいない地域で非常に多くの患者・患畜が発生しており、世界中で年間 50 万人を超える家畜ブルセラ菌感染患者が新規に発生しています。本邦では家畜衛生の徹底により1年に数例の報告があるのみです。ブルセラ属菌はグラム陰性、偏性好気性短小桿菌で、芽胞や鞭毛を持たず細胞内寄生性です。
 通常、潜伏期は 1 ~ 3 週間ですが、時に数カ月になることもあります。軽症では単に風邪様の症状を示すのみです。総じて、他の熱性疾患と類似していますが、筋肉・骨格系に及ぼす影響が強く、全身的な疼痛、倦怠感を示します。発熱は主に午後から夕方に認められ、時に40℃以上となることもありますが、発汗とともに朝には解熱します。このような発熱パターン(間欠熱)が数週間続いた後、症状の好転が 1 ~ 2 週間認められますが、再び発熱を繰り返す(波状熱)こともあり、非常に再発しやすい感染症として知られています。病気の期間は、数週間から数カ月、年余に及ぶこともあります。臨床症状により、急性型、限局型、慢性型に分けられます。未治療時の致死率は 5%程度とされ、その大半は心内膜炎です。これといった特徴的な症状は見られず、ひどい風邪様で、患者がまれにしか報告されない日本では、症状のみからブルセラ症を疑うことは困難と思われます1)
 ブルセラ属菌は非常に感染しやすく 10 ~ 100 個の菌で感染します。家畜ブルセラ菌感染では、感染動物の加熱(殺菌)不十分な乳・チーズなど乳製品や肉の喫食による経口感染が最も一般的です。また、流産時の汚物への直接接触、汚染エアロゾルの吸入によっても感染します。ヒト-ヒト感染は、授乳や性交などが報告されていますが、まれです。家畜のブルセラ対策が進んだ国では、海外からの帰国者、危険食品の摂食者、および一部のハイリスク集団(酪農家、獣医師、と畜場従業員、実験室感染)に散発的に認められます。本菌は環境・食品中で長期間、生残し、感染源となり、特にナチュラルチーズ中では、数カ月も生残することが知られています。流行地の露店などで売られている手作りナチュラルチーズなどは、加熱処理が不十分なことがあり、感染源となることがあります1)。本邦では家畜のブルセラ症は完全に駆逐されていますが、イヌは数%程度が本菌を保菌しておりイヌ繁殖施設での集団発生などがしばしば報告されています。ときにヒトへの感染例も報告されていますが、イヌブルセラ菌は家畜由来菌よりもヒトへの病原性が低く,発症例も比較的軽症例が多いといわれています。ヒトへの感染例は動物の出産~流産に立ち会った場合が多く、動物の胎盤に多く生息していることが分かっています2)

ブルセラ症とは?https://www.niid.go.jp/niid/images/plan/kisyo/2_imaoka-2.pdfより引用
 ブルセラ属菌は細胞内寄生菌であり,抗体は菌の排除にはあまり役に立ちませんが、抗体の存在は菌が存在し抗原刺激を与えている可能性を示唆することから、抗体検査の診断的意義は非常に大きいと考えらえます。そのため、不明熱患者で診断がつかない場合、ブルセラ症の抗体を測定することも検討すべきです。本邦では、抗体検査に試験管内凝集反応を用いる民間の臨床検査機関に保険適用で検査依頼をすることが可能です。一方,血液培養は、急性期のブルセラ症については分離率・特異度とも良好ですが、慢性化した症例では分離率は低く、また、菌の発育に時間がかかることもあり、少なくとも28日間は培養を継続すべきであるとされています。

 ブルセラ症の治療法を示しました。1986 年の WHO 専門家委員会では成人に対する推奨療法は DOXY + RFP でしたが、最近の報告 では、RFP は血中からの DOXY のクリアランスを早めることや、脊椎炎などの合併症に対する治療効果から、DOXY + SM を推奨しています。 また、GM の方が SM よりも、治療の中断や変更をもたらすような副作用が少ないともいわれており、 DOXY + GM が第一選択と考えられています。ただ、 実際の治療では、注射(GM/SM)ではなく経口 (RFP)で行える利便性は、無視できない点でもあります。いずれにしても、2 剤もしくは 3 剤(DOXY + GM + RFP)併用が原則で、単剤での治療やその他、治療が不十分な場合には再発のリスクが非常に高くなります。治療は、本菌が細胞内寄生性を持つため、長期間投与が必要です。
 近年、原因動物不明のブルセラ症の家族内発症例も報告されており4)、いままで考えらえていた以上に日本中にブルセラ症が蔓延している可能性があり、不明熱と考えられる症例に遭遇した時に念頭におくべき疾患と考えられます。また、Q熱と同様に診断が難しい疾患ですが、動物の出産に立ち会ったというエピソードを聞き出すことが解決の道筋になる場合もあると考えられます。

令和4年4月4日
菊池中央病院 中川 義久

参考文献
1)今岡 浩一:ブルセラ症の最近の話題 . モダンメディア 2009 ; 55 ; 18 – 26 .
2)高橋 洋:コンパニオンアニマルと感染症. 日内会誌 2010 ; 99 ; 2682 – 2688 .
3)今岡 浩二:ブルセラ症の現状と対応 . 感染症TODAY ラジオ日経 2019年1月9日 .
4)小野寺 翔ら:家族内に複数人感染がみられた新規ブルセラ属菌感染症の1例 . 日内会誌 2020 ; 109 ; 590 – 597 .