歯周病がアルツハイマー型認知症の原因になる

歯周病がアルツハイマー型認知症の原因になる

 アルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」はアルツハイマー型認知症の症状の進行を抑えることを目的とした薬で、脳にたまった「アミロイドβ」と呼ばれる異常なたんぱく質を取り除き、神経細胞が壊れるのを防ぐとしています。FDAは、6月7日効果が合理的に予測されると評価し治療薬として承認しました。しかし、その薬価の高さなどから一般に使用されるのにはかなり時間がかかることが予想されます。
 アルツハイマー型認知症は、すべての認知症のうち、約67%を占める疾患です。多くの場合、物忘れがきっかけで気づかれ、症状としては記憶障害や見当識障害、言語障害、視空間認知障害などがあります。今後世界的に平均寿命が延びるにつれて,アルツハイマー病の罹患者は2050 年までに現在の3 倍に増加すると予想されています。
 アルツハイマー型認知症の原因はアミロイドベータ(Aβ)をはじめタウ蛋白などの異常なタンパク質が脳に蓄積してしまうことがアルツハイマー型認知症になってしまう原因です。その結果、神経細胞が死んでしまい、脳が萎縮することで、認知機能が低下してしまいます。アミロイドベータが脳に蓄積してしまう直接的な原因については長年にわたって不明とされていました。しかし、近年の研究により、アルツハイマー病患者の脳内において、単球や脳マクロファージ細胞であるミクログリアが活性化していることから、アルツハイマー病は慢性の炎症性疾患であることが判明しています。また、アルツハイマー病患者の脳内から歯周病菌であるジンジバリス菌(Pg菌)のリポ多糖(LPS)が検出され、そのLPS によってミクログリアが活性化し、脳炎症を引き起こすことがわかってきました。さらに この活性化されたミクログリアにより Aβ の産生・蓄積および認知機能障害を引き起こすことが報告されてきました。また、健常者と比較して、アルツハイマー病患者では歯周病原細菌に対する抗体価が有意に増加していることが確認され、アルツハイマー病の原因として歯周病菌が大きく注目されてきました1)
 2017年に九州大学と北京理工大学(中国)の研究チームは3週間をかけてマウスの腹部に歯周病菌を投与し、感染させたうえで「正常なマウス」と「歯周病菌を投与したマウス」に分けました。比較すると、歯周病菌に感染したマウスはAβを脳内に運ぶ「受容体」というタンパク質が約2倍に増加し、脳細胞のAβ蓄積量は約10倍になったことが判明しました。また、Aβが蓄積したマウスは認知症を発症したのです。さらに、アルツハイマー病モデルマウスの口腔内に直接 Pg菌を投与し、実験的歯周炎を惹起すると、Pg菌投与群の認知機能が非投与群と比較して著しく低下したことも報告されました。この研究者らは口腔内より腸内に侵入した Pg菌の影響により、腸内から血液を介して脳内に LPS が流入し、アルツハイマー病の病態に影響を与えたと考えました2)。腸内細菌が脳内の炎症やアルツハイマー病に影響を与えているとの報告はこれまでにもいくつかあり、腸内を無菌化すると細菌叢のある群と比較して、脳への Aβ の沈着量が有意に減少したという報告もあり、腸内細菌により生成されたアミロイドは血液脳関門を通過できるといった報告もあります。
 歯周病菌と脳へのAβ沈着を促進させる受容体の正体も解ってきました。カテプシンBという酵素で、Pg菌が入ってくると過剰に増えて、脳内の炎症やAβ の沈着量が増加することがわかっています3)。また、カテプシンB欠損マウスでは記憶低下などのアルツハイマーの症状がおきないことも証明されています。カテプシンBを阻害する薬が作れればアルツハイマーの予防の薬となるかもしれません。
 現在、脳内の炎症を抑える可能性のある物質がいくつか候補としてあがっています。ミツバチが作るプロポリスや、キノコの1種の冬虫夏草などです3)。しかし、まだ研究中の段階であり、現在は日常的な歯磨きや歯科検診が重要であることは言うまでもありません。

令和3年6月11日
菊池中央病院   中川 義久

参考文献

1)石田 直之ら:歯周病はアルツハイマー病を悪化させる . 日歯周誌 2018 ;  60 ; 147 – 152 .
2)世界初ヒト歯周病の歯茎で脳内老人斑成分が産生されていることが判明
〜歯周病によるアルツハイマー型認知症への関与解明の新展開〜
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/396
3)武 洲:歯周病菌による全身炎症で認知症に. 全国保険医新聞 2021 ; 2856 ; 10 .