ホタルイカの生食で旋尾線虫症

ホタルイカの生食で旋尾線虫症

 ヒト以外の動物を固有宿主とする寄生虫の幼虫がヒトに侵入した場合、成虫には発育できずに幼虫のまま体内を移動し、さまざまな症状を引き起こす症候群を幼虫移行症と呼んでいます。わが国では生鮮魚介類について、加熱をしない調理法(刺身、すし、酢づけなど)により喫食することが一般に普及しているために、魚介類に由来する幼虫移行症の発生が多いと言われています1)2)。アニサキス症はその代表的なもののひとつです。10年程前から一般に出回っている「ホタルイカ」の生食によって感染する事が明らかとなった旋尾線虫の幼虫移行症もその一つです3)

上二つがボイルで一番下が生です 文献2)より転載

 旋尾線虫の幼虫移行症は富山県のごく限られた地方でのみ見られていた寄生虫症でしたが、冷蔵技術の進歩で、1987年から主産地であった富山湾から生きたままのホタルイカを遠隔地発送することが可能になって全国に拡大しました。この旋尾線虫幼虫移行症は、腸閉塞を含む急性腹症や皮膚に線状の爬行疹を引き起こすことで食品衛生上の新しい問題となっています。本種幼虫は、腸管壁への侵入移行のみならず、腹、背、腰部の皮膚組織内への移行を引き起こす点で軽視できない危険な寄生虫であると考えられます3)

文献4)より転載

 ホタルイカは3月から8月が漁期で、本症の発生時期が例年4月、5月に集中していることから、この時期、発生予防に注意を喚起することが必要です。
 旋尾線虫の体長は1㎝×0.1mm。旋尾線虫幼虫はホタルイカ、ハタハタ、タラ、スルメイカなどの内臓に寄生し、これらの生食により感染します。なかでもホタルイカによるものが多いです。ホタルイカへの寄生率は約2~7%と言われています3)
 臨床症状は急性腹症、あるいは皮膚爬行症などがその症状の大部分です。
 1)急性腹症型
 急性腹症を起こすものでは、腸壁が肥厚して腸閉塞として手術適応になるものと、麻痺性イレウス症状を呈して対症療法で軽快するものがあります。ホタルイカ摂食後数時間~2日後より腹部膨満感、腹痛が出現します。腹痛の持続時間は2~10日で、嘔気、嘔吐も伴います。
 2)皮膚爬行症型
 皮膚症状はホタルイカ摂食後2週間前後の発症が多く、皮疹の大多数は腹部より始まり、爬行速度は比較的速く、線状の皮疹は1日2~7cm伸長します。数ミリ幅の赤い線状の皮疹が蛇行して長く伸び、浮腫状にわずかな隆起を伴う部分もあり、水疱をつくることもあります。
 治療法は、皮膚爬行症の場合は虫体の摘出、急性腹症の場合は肉眼で確認できないためアニサキスのようにカメラでの摘出はできません。対症療法のみです3)
 予防は、ホタルイカの生食を避けることで、寄生部位は内臓であるので、内臓を除去した上での生食は危険性が少ないと考えられています。また-30℃で4日間以上冷凍すると虫体は死滅し、または加熱処理(沸騰水に投入後30秒保持、もしくは中心温度で60℃以上の加熱)を行うと安全だそうです5)
 食中毒が疑われる場合は、24時間以内に最寄りの保健所に届け出る義務があります。

令和7年6月26日 菊池中央病院 中川 義久

参考文献
1)杉山 広:食品と寄生虫感染症 . 食品衛生学誌 2012 ; 51 ; 285- 291 .
2)淡水魚の生食で顎口虫症―皮下を虫体が移動―
3)旋尾線虫 IDWR
https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/46/539/article/050/idwr2001-14.pdf
4)ホタルイカの生食による旋尾線虫感染症
https://www.pref.toyama.jp/branches/1279/kansen/syokuchuudoku/IH200209.htm
5)杉山 広:食品媒介寄生虫による食中毒 . 日本食品微生物学会誌 2010 ; 27 ; 1 – 7 .