日本初の腸チフスワクチン登場

腸チフスは、非常に強毒かつ侵襲性の腸内細菌であるチフス菌(Salmonella enterica serovar typhi、一般的にSalmonella typhi)を原因菌とする急性全身性感染症です。治療を受けた場合の腸チフスの平均致死率は1~4%程度と推定されますが、特に4歳未満の小児での致死率は高く、また、未治療の場合や不適切な抗菌薬により治療された場合には、致死率は10~20%になると報告されています。生活環境の改善及び抗菌薬の登場により、先進工業国での腸チフス熱の発症率及び死亡率は激減しましたが、アフリカ、東南アジア及び西太平洋地域の開発途上国では、いまだ公衆衛生上の深刻な問題となっています。旅行者の腸チフス・パラチフスの罹患リスクは、中南米カリブ海で 1.3例 / 100万渡航者、アフリカで7.6 例/ 100万渡航者、アジアで10.5例/ 100万渡航者、インドで89例/ 100万渡航者とする報告もあります1)

日本における腸チフスの報告は毎年100人以下ですが、海外渡航者によって、主に南アジア及び東南アジアなどの流行国から持ち込まれることが多く、世界保健機関(WHO)、米国疾病予防管理センター(CDC)、英国健康保護庁及びその他の保健当局では、南アジア及びその他の流行地域への渡航者は、腸チフスワクチンの接種を受けることを勧めています2)

                世界の腸チフス発生分布   文献2)より転載

世界では以前から腸チフスワクチンが存在し、経口弱毒生ワクチンと莢膜多糖体の注射ワクチンが使用されていました。効果は両者ともに大きな差はなく、50 ~ 80 % の有効性が報告されていました1)。しかし本邦では使用できるワクチンがなく輸入ワクチンに頼るのみで、万が一の副作用や後遺症についての国の救済措置・保証が適応されないために接種をためらう場合が多く、その結果腸チフスに感染する人が後を絶ちませんでした。そこで今回、国産初となる腸チフスワクチンが開発されました。

サノフィeMRホームページ https://www.e-mr.sanofi.co.jp/products/typhim_vi

 サノフィ社は、チフス菌(Ty2株)の精製Vi多糖体を1回接種量として25μg含有する精製Vi多糖体腸チフスワクチン(Viワクチン)である、タイフィムブイアイ®注シリンジを開発しました。 ブイアイ®注シリンジは、1988年11月にフランスで初めて承認され、現在では米国及びヨーロッパを含む88ヵ国で承認されています。国内第Ⅲ相臨床試験において、2歳以上の健康な日本人被験者を対象にタイフィムブイアイ®注シリンジ0.5mLを単回筋肉内接種したところ、主要評価項目である接種28日後の抗体陽転率(抗Vi抗体価が接種前の時点と比較して4倍以上上昇した被験者の割合)は、92.0%でした。重大な副反応として、ショック、アナフィラキシーがあらわれることがあります。

主な副反応(発現頻度10%以上)として、注射部位疼痛(74.0%)、筋肉痛(49.0%)、倦怠感(11.5%)が報告されています4)。2歳未満の小児への接種に対する有効性と安全性は確立していません。

本ワクチンは不活化ワクチンで、接種は1回筋肉注射でワクチン効果は1年目69%、2年目59%、3年累積55%で有効持続期間は2~3年とされています。パラチフスには無効です。

腸チフスの古典的3徴として比較的除脈、バラ疹、脾腫があげられますが非特異的な症状が多く、症状から他の細菌性腸炎と鑑別することは困難と言われています5)。また適切と思われる治療を行っても、腸チフス患者の1~4%前後が慢性保菌者となり、慢性保菌者では胆嚢癌の発症リスクが高いこと、先進国では家族内感染の原因となり時に流行源となることがあります。ほとんどの慢性保菌者は無症候性であり、そのうちおよそ25%はチフス菌の感染症状を示すことが無く、培養の陽性率も低いため保菌者かどうか見分けることは困難とされています。近年の研究ではサルモネラ属菌は胆石にバイオフィルムを形成しており、これが保菌に関与し、抗菌薬治療の効果が少ない要因の可能性としてあげられています。

腸チフスは診断が難しく、また診断出来て治療を行っても保菌者となる可能性があり、感染危険地域への渡航の予定がある人は接種が望まれるワクチンです。

なお、本年6月頃に販売される予定です。接種希望者は病院に問い合わせてください。

                令和7年6月13日 菊池中央病院 中川 義久

参考文献

1)Lynch MF et al : Typhoid Fever in the United States, 1999-2006 . JAMA 2009 ; 302 : 859 -865 .

2)海外渡航者のためのワクチンガイドライン / ガイダンス2019 . 日本渡航医学会作成. Pp 125 – 127 .

  3)Crump OA et al:The global burden of typhoid fever .Bulletin of the World Health Organization 2004 ;  82 : 346 – 353 .

4)タイフィム ブイアイ®注シリンジ開発の経緯

https://www.e-mr.sanofi.co.jp/dam/jcr:36e84452-de86-492a-9b25-bf5f03bed49f/tpv_summary.pdf

5)鈴木 悠ら:慢性保菌者の母から家庭内感染を繰り返したと考えられる腸チフスの家族例 . 感染症誌 2022 ; 96 ; 198 – 203 .